第22場 思い出
瞬く間に流星群が流れて行った。
正直このような天体の美しさというのはさっぱり感性がわからない。
しかし、藍香はどうやら天体観測が好きなようで、四季折々の夜空を観に行こうと半ば強引に連れ出されるのが、ここ数年での長期休みの過ごし方になっていた。
そうでもなければ、俺が何もこんな秋の肌寒い夜中に、わざわざ親父の所有する別荘で夜空を見上げることなんて決してなかっただろう。
シルバーウィーク前後は、秋の大会だって近いのだが、藍香はそこら辺の事情を前もってリサーチしている節がある。だから、必ず大会が終るタイミングを察ってから『お兄様、別荘に行きますよっ』と言った。
当然、無碍に断る理由もないから、受け入れている。
もちろん、決して断った後に、1週間ほどは藍香の不機嫌そうな態度を恐れているわけではない。
まあ、あれだ。いつも家のことを自ら取り組んでくれていることへの恩返しだ。
そんな事に思いを馳せていると、これで何度目かわからないが、隣でウッドチェアに腰掛けていた藍香は感動したような声で言った。
『見てください、お兄様。流星群ですよ?』
「そうだな」
『それに、ほら、あれが秋の夜空なんですよ?天頂のすぐ下に秋の大四辺形があるんです。アンドロメダ座とペガスス座から構成されていて——』
「なるほど」
『……なんですか、そのつまらなさそうな反応は……』
藍香は夜空から俺へと視線を動かした。
スッと細められた視線は、全く風情を理解していないことを非難するかのようだ。
「いや、こういうのはよくわからん」
『いいですか、天体の法則は神の決めたルールなんです。その曲げることのできない普遍的なルールを知ることで私たちは、決して一人で生きているのではないことを知るんですよ?』
「へーそれはすごいな」
『はあ……お兄様はなぜこの法則性の美しさがわからないんですか?全く……ロマンのカケラもありませんね。そんなことですから、恋人の一人もできないんですよ?』
「今……その話は関係ないだろ?てか、それに関してはいい感じの人がいても、藍香が勝手にダメ出しして、勝手に断るんだろうが。ほら先週、合わせたアンナなんて——」
『何を言っているんですか。私は単にお料理は何ができるのかと、聞いただけではありませんか。そうしたら何も作れないとおっしゃられたので、今後お料理教室にでも通うご予定があるのか伺っただけではありませんか』
「藍香……お前のその態度、明らかに面倒臭い小姑だからな?いや、そもそも婚活しているOLでもなければ、普通の女子高生が彼氏のためだけに料理教室に通うかよ」
『ふん、そんなことは知りません』
プイっと藍香は拗ねるようにして、またしても夜空へと顔を上げた。
きっと、母さんから死んで親父も取り憑かれたように仕事ばかりで、構ってもらうことがなかったからだろう。兄である俺が誰かに取られてしまうことを恐れているんだ。
それこそ、幼い子どもがお気に入りのおもちゃを友だちに奪われてしまわないように、自分のものであると主張するようなものなのかもしれない。
俺がもっと藍香のことを気に掛けるべきだったのか。
それとも親父に頼んで、藍香のことを気に掛けるようにいうべきだったのか。
今となってはわからない。
でも、きっと寂しい思いを与えてしまっていたことだけは明らかだった。
そんな罪悪感があったのかもしれない。
俺は藍香の少し寂しそうに夜空を見上げる姿をなんとかしたかった。
俺以外に藍香と一緒にいることができるような人物——
「なあ、藍香」
『なんですか?』
「お前に彼氏ができたら、それはどんな奴なんだろうな?」
『急になんですか?』
藍香は戸惑ったような顔をした。
数秒ほどだろうか。少し色素の薄い長い髪をくるくると指で遊びながら思案した後で言った。
『そうですね、きっとお兄様のような方じゃないでしょうか』
「意味がわからないんだが?」
『ふふ』
藍香はおかしそうに笑った。
そして、俺の座るハンモックまで近づいて来て、俺の膝の上へと腰を下ろした。華奢な身体が俺へと預けられるようにして密着してきた。
色白い頬がわずかに赤く染まっていた。
「急にどうした?」
『少しだけ、ほんの少しだけ、このままでいさせてください』
潤んだ瞳はすでに俺から夜空へと向けられていた。
どうやら返事が欲しいわけではないらしい。
藍香はどこか自分自身に言い聞かせるように呟いたようだった。
俺たちは流星群が見えなくなる夜明けまでずっと寄り添うようにして一緒にいた。
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