第19場 判断
口を切ったのは、麻白だった。
「とりあえず、問題を分けて考えてみましょ——」
かつては藍香が家のことをメモするのに使用していたもの。
使い所をなくしていたボードに、可愛らしいまるびのある文字が足されていく。麻白は俺の視線に気が付いたかのように、顔を上げた。
アーモンド色の瞳が俺を捉えて、咄嗟に視線を逸らしてしまった。
優衣先生は、中立な国家魔法師としての立場を貫こうとしているのだろうか。黙ったまま腕を組み、麻白の話を聞き続けるようだ。
若菜は物珍しそうな表情で、キョロキョロとリビングを見渡している。
カオスな空間を無視するように、麻白は「こほん」と言ってから進行した。
「まずは、若菜ちゃんが担当している市内の『昏睡』事件についてから。『昏睡』状態に陥っている人物にはすべて共通点があるのよね?」
「うん、魔力量の高さだねー」と若菜が麻白の話を聞いていることアピールするように追随した。
「そうだよね。そうなると、魔力量の多い人が狙われている理由は『祭壇』を完成させるためなんだろうけど——」
「一応確認したいんだが、『祭壇』というのは『藍香の自室』や『旧校舎』のような状態のことでいいんだよな……?」
麻白は「うん」と小さく頷き「でも、その『祭壇』が何をしようとしているのかまでは今の段階では正確にはわからないかな」と答えた。そして、ホワイトボードに、『祭壇』の理由は?と書き足された。
「はーい、質問です!」と若菜は間延びする声で挙手した。
「はい、どうぞ」と麻白が若菜をぴしっと指さした。
「麻白ちゃんが言っていることは確かにその通りなんだけど……先ほど『藍香』ちゃんの自室を見せてもらって、やっぱり『藍香』ちゃんの身体から魂を抜き出している可能性が高そうだし、その『旧校舎』や市内でも、かなり『大規模な魔法』——世界のことわりを書き換えるほどの魔法が使用されていると考えていいんじゃない?」
「そうよね……先生はどうお考えですか?」と麻白が思案顔で山田先生に話を振った。
「……まだ何とも言えないけど……少なくとも『藍香』さんが亡くなった頃は確か——」と優衣先生が俺を見た。「8月1日です——丁度夏休みの時期でした」と答えると、優衣先生は「少なくとも、その頃に大規模な魔法が行使されたという事実は、我々国家魔法師側で感知していないわね……」と眼鏡の黒い縁をわずかに右手で触れた。
国家魔法師というのがどこまで信用できる団体なのか判然としないが、麻白と若菜が手を組むと判断するくらいなのだから、一定の利用価値はあるのだろう。
「うーん、仮に国家魔法師が把握できないほどの高度な魔法が使用されたとなると、紫苑ちゃんが行使したかどうかは別にしても、やっぱり相当厄介な魔法使いが関わっていそうだねー」
若菜は先ほどまでの浮ついた雰囲気から真剣な表情で俺たちを見渡した。その後で、俺へと視線を固定した。
「……?」
「でもさー、もしも市内にいる魔力量の多い人だけを意図的に狙っているんだとしたら、一番はじめに襲われていないとおかしな人がいるんじゃないかなー?」
若菜のネコ目が、わずかに細められた。
ああ、なるほど。
確かに、俺の霊力なのか魔力と表現するば良いのか知らないが、普通の人よりも多く有しているらしい。
そうであるならば、犯人にとっては、最もはじめに俺を襲うことで、さっさと『祭壇』とやらの大規模魔法を発動させるだけの魔力を奪い取れば手っ取り早くて楽な方法であるはずだ。
だからこそ、この状況は、不自然なのかもしれない。
いや、俺から魔力を奪えない何らかの理由が存在するのか。
「もしも仮に……最上さんが指摘するように『魔力量の多い人』を襲っているのだとしたら、赤洲さんを襲わず、『藍香』さんだけを襲ったことも不自然ですね……」
優衣先生は俺をじっと観察した。
「今更、俺のことを観察してもわからないでしょ?それよりも、その魔力量の多い少ないという基準はどうやってわかるんだ?」
優衣先生はスッと視線を逸らして、わざとらしくコホンと咳払いをした。
「そ、そうですね……魔力量の多さについは、魔法使いではない人にとっては把握することは難しいかもしれません。が、そもそも魔力とは、どこにでも存在しています。それこそ、一般的な人にでも多かれ少なかれ魔力を有しているものなのです。普段はそれに気が付かないだけです。しかし、ある一定の条件のもとでは、その魔力量の多さによって、不思議な体験をすることがあります。何だかわかりますか?」
「まさか、幽霊に遭うだとか、そんなオカルトチックな話のことですか?」
「はい、まさにそのオカルトチックなお話です」
「うんうん」と若菜は頷き、麻白もまた「そうですね」とだけ短く答えた。
どうやら、魔力量が多ければ、その分、オカルトチックな出来事に巻き込まれやすいということは、魔女同士でも共通の認識らしい。
「いや、俺の場合、そんな不思議な体験をしたことないんだがな……」
「そ、そうなると、やっぱり後発的に魔力量が増えたと考えるしかないよね」
少し焦ったように麻白が言った。
きっと、このポンコツ魔法使いは、いつぞやの時に、俺が天然の魔力保有者かどうか確かめた時の光景でも思い出したのだろう。
その時、外れ始めた話題を戻すように、若菜の声が遮った。
「はい、二つの話題ですっ!」「はい、若菜ちゃん、どうぞ」と麻白が気を取り直して言った。若菜は「うん、とりあえずのところ、『旧校舎』に展開されていた魔法に関しては、少なくとも紫苑ちゃんが直接的に行使したわけではないってことでいいんだよねー?」と確かめるように言った。
「うん、痕跡が若干違う気がする」
「じゃあ、シンジくんを襲った魔女は『旧校舎』で暗躍していたことで間違いなさそうなのかー」と独り言のように若菜がつぶやいた。
「それに関して、国家魔法師である私も同意します。彼女が持ち去った『器』から漏れていた魔力と校舎に展開されていた魔力の波長は同じでしたから」
「やっぱり、そうでしたか」と考え深そうな声で、麻白が言った。
「でもさ、私と麻白ちゃんが駆けつけた時には、その魔女の魔力を感じとることはできなかったわけだし、私としてはその魔女が、市内で起こっている『昏睡』事件で使用されている魔力というか魔女と本当に一緒なのか、気になるところなんだよねー」
『紫苑』さんが『藍香の部屋』で行使した魔法と『旧校舎』で使用された魔法の何かしらの引っかかるところがあるのだろうが、若菜が何を気になっているのか、判然としなかった。
とにかくこの不毛そうな話題を切り上げたくて俺は提案した。
「だったら、その『昏睡』事件とやらの起こっている現場に、先生と麻白も連れて行けばいいだろ?」
「まあ、それもそっか」と軽い調子で、若菜が返事をした。
「わかりました。私の方は問題ありません」
「先生、ありがとうございます。もちろん、私の方も若菜ちゃんに協力するつもりだからね」
「おー心強い二人が来てくれて嬉しいー」
「じゃあ、何か進展があれば、共有をしてくれ」
「……ん?」
「はい?」
「なんだ二人そろって、その間抜けな表情は?」
「当然、シンジくんも一緒に行くに決まっているでしょ?」
何を馬鹿なことを言っているのだというように、冷めた視線で麻白は言った。
ついていくしかなさそうだ。
そう思った。
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