第11場 ご都合主義

「いいかげん、もったいぶらずに教えてくれ」

「別に焦らしている訳じゃなくて……論より証拠。TVを見た方がはやいの」


 ソファーに腰を下ろしている今上は、組んでいた足を左右入れかえた。そして、トントンと自分の右側のスペースを軽く触った。


 どうやら、そこに腰を下ろせということらしい。

 とりあえず、いわれるがままに俺はソファーに腰を下ろした。わずかにソファーのスポンジが沈んだ。


 今上は「ほら、観て」と言って、視線をTV番組に戻した。つられて俺も視線の先を追うと、TV番組の場面が切り替わるところだった。


『――それでは、現場にいるレポーターの源馬さん』

『はい、こちら現場の源馬です。ここ地海市ちかいし天神市てんじんしでは、近頃、地元の高校生が相次いで失踪し、昏睡した状態で発見されるという不可解な事件が起こっています。そして、今私がいるこの場所は県立天神てんじん高校の前です。なんと、これまでに3人の生徒が失踪し、昏睡した状態で発見されているという情報が――』


 毎日通う学校がテレビで流れるという光景が、一瞬信じられなかった。しかし、レポーターの女性は、いささか真面目腐った表情で、マイク片手に身振り手振りで、いかに悲惨な事件が起こっているのかを力説した。


 そして、レポーターからスタジオにいる司会者へとカメラワークが変わった。


 司会者の中年の男は、どこから入手したのか、生徒3人それぞれのイニシャルを読み上げた後、それぞれの生徒がいかに普通の高校生活をしていたのかということを繰り返し強調した。


「この3人の高校生が失踪したことと何か関係があるのか?」

「うん……さっき高校の前にレポーターが立っていたでしょ?日中は気が付かなかったんだけど、指定した時間に術式が発動する魔法陣が校門に描かれているみたい」

「つまり、高校の生徒か先生に化けた魔法使いがいるということか?」

「まだわからないけど、その可能性はあると思う」と今上は小さく頷いた。


「なぜ日中校内に魔法使いがいる可能性が分からなかった?」

「それは……まだ転校初日で校内をすべて探れていないから……あと、その魔法使いが私よりも気配を消すことに関して長けているから……」

「さっき、藍香の部屋で使用したように、痕跡を辿るような魔法でもわからないものなのか?」

「もちろん痕跡を辿ることはできる。普通、魔法を行使すればその形跡は残るからね。ただし今回は違う。例えば……このコップに触れるとするよね」


 そう言って、今上は少し前屈み、ソファーの前に置かれたガラスのテーブルへと手を伸ばした。そして、白いコップに触れ、すぐに先ほどまでのようにソファーにもたれかかった。


「こうすると、指紋が付くよね?」

「ああ」

「でも、指紋を付けないでコップに触れることもできる。例えば、なんでもよいのだけれど……手袋を付けてコップに触れるだとか……いずれにしても、指紋を付けないでコップに触れる方法は複数あるよね」

「……それで?」

「魔法も同じなの。魔法を行使すれば、必ずその人特有の痕跡が残る。でも、それを誤魔化す方法は無数にある。だから、日中気が付くことができなかったの」


「そうか、お前ができそこないの魔法使いということだな。ならば、どうする?魔法使いをおびき寄せでもするか?」


「ちょっと!?なにさらっと、ディスっているのよ!?」


「そうか、お前ができそこないの魔法使いということだな。ならば、どうする?魔法使いをおびき寄せでもするか?」


「なぜ繰り返すのよ!?これだからデリカシーのない顔だけの男は――」と、今上はぶつぶつと文句を言っているようだった。俺は「いいから、話を進めろ、ポンコツ魔法使い」と話の腰を折った。すると「ふん、後で見てなさい……」と髪を掻き揚げ、今上は話を再開した。


「結論は『やってみる価値はあるけど、引っかからない可能性の方が高い』かな。痕跡を隠そうとする魔法使いだよ?のこのこと誘い出されるとは思えない。それこそ犯人だったら尚更慎重に行動するはずでしょ?」


「そういうものなのか……?サイコパスは自分の犯行を不特定多数の人にアピールするというが……その魔法使いの自尊心を傷つければ、何かしらのアクションはあるんじゃないのか」


「仮にその理論が正論だとしても……少なくともおびき寄せる作戦は……危険かな。もしも自尊心を傷つけてしまったら、犯人は怒るはずでしょ?そうなったらきっとまた誰かを殺す……かもしれない。立てなくてもいい角を立てる必要なんてないよ。むやみに煽る必要はないでしょ?」


「だったら、どうするつもりだ?」

「それは……」

「そもそも、誰が魔法を使えるかどうかはどうやって見分けるんだ?」

「その点は問題ないかな。魔法陣を認識している必要があるからね。つまり、魔法陣を認識していない人は、必然的に魔法を使えることはない。だからその人が魔法陣を認識していれば、魔法を使えることになるの」


「魔法陣というのは、さっき藍香の部屋で見た赤い糸のようなもので構成されたあの奇妙な図形のようなもののことか?」


「ええ、そう――え?今なんて?」

「赤い糸のようなもので構成された奇形な図形」

「し、信じられない……なぜ赤洲君が魔法の痕跡を見えるの?あれ、そういえば藍香さんの部屋で魔法を使った時も確か言ってたよね……どうして?」

「知らん」


「どういうこと?天然の魔力保有者なの……?いいえそれよりも、赤洲君が魔法陣を認識できるのであれば、ほとんど同じ環境で育った兄妹である藍香さんだって、魔法陣を認識できた可能性が高まる。そうなると、部屋で魔法を行使したのが、藍香さん自身だった可能性だって十分にある。だとしたら……偶然、魔法の行使を失敗して、命を落とした事故の可能性だって十分に考えられるけど――」


 今上は考えに耽るようにして、一方的にぶつぶつと考えを述べ始めた。

 それから、はっと、大きなアーモンド色の瞳を見開いて息を飲んだ。

 数秒間、無言で俺をじっとみて口を開いた。


「まさか、赤洲くんの家系に魔女がいる?例えば、親戚とかに4月30日から5月1日にかけて、毎年音信不通になる人とかいない?」


「なぜ、ピンポイントの日付指定なのかわからないが――」

「ワルプルギスの夜」

「……はい?」

「簡単に言えば、魔女たちの大規模な集会みたいなものなんだけど……魔女たちは夜会を開いて、魔法を作り出したとする神々へ感謝をするのよ」

「そうか」

「うん、それで、その期間に遠出する人はいるの?」

「知らない」

「……一人でも心当たりない?」

「だから、わからない」

「どうして……?」

「普通、毎年、ある日からある日までの間にピンポイントに親戚に連絡したことを覚えていないだろ。それに、仮に連絡していたとしても、2,3日くらい返事が遅くても『何かあるな』などと疑わないだろ」

「それは、そうかもしれないけど――」

「そもそも赤洲家は、親戚付き合いをほとんど持っていない」

「両親どちらの親戚とも連絡をとらない?全くない?」

「ああ」


 俺が間髪入れずに答えると、今上は一瞬眉をひそめた。そして、思案顔でクリーム色の髪先をくるくると指先でいじった。


 やはり、今上は何かを考える時、無意識に行う癖なのかもしれない。数時間程度しか行動を共にしていないが、段々と今上のことが分かった気がした。


 いずれにしても、今上を利用することに変わりはないのだが。

 例え今上に何が起ころうとも、俺はこいつを利用し使い潰すことに変わりはないんだ。


「うん、赤洲くんは天然の魔力保有者の可能性が高い」

「その『天然の魔力保有者』というのはどういう意味だ?」


「通常、魔法師――魔法を使える人のことだけど、その魔法師は家系――血筋で遺伝されるものなの。だから、例えば私のような魔法師一家は、強い魔力保有者を迎え入れて、血筋を途絶えないようにしている。でも厄介なことに、その強い魔力保有者は、先祖返りのように、途絶えてしまった魔法師の家系で何世代も後で遺伝によって引き継がれることもあったり、様々な要因があるの。それでおそらく……赤洲くんの場合は生まれてから後発的なものだと思う。聖的な場所で過ごすことで、体内に魔力を蓄積してしまったことが要因かな」


「細かいことはどうだっていい。つまり……俺は、その『天然の魔力保有者』で間違いないのか」


「たぶん」


「おい、曖昧な表現はよせ。どっちかはっきりしろ。確かめる方法のようなものはないのか?」


「まあ、あるにはあるけど……」


「なんだ?ポンコツの魔法使いさんには難しいのか?」


「なっ⁉︎普通に使えますからっ!でも、そ、そうよね。試せばいいだけだもの……」


 今上は反射的に口答えをした。しかしすぐに、なぜかブツブツとつぶやいた。先ほどまでの色白い頬はわずかに桜色に染まっている。

 そして何かを強く決意したように、アーモンド色の瞳が俺へと向いた。


「……なんだ?」

「さ、先に言っておくけれど、これから行うことに感情的な『何か』は伴っていないから勘違いしないでよね!?」

「意味が分からないのだが?」

「な、なんでもない!いいから目をつぶって!それから、何が起きても目を閉じてしゃべらないで」と今上は一方的に言った。

「いや、情緒不安定でこわいのだが……」と答えると、とっさに今上は「いいから、はやくして」と早口で続けた。


 俺は黙って瞳を閉じた。……断じて鬼のような形相で凝視する、今上の視線から逃れたかったわけではない。


 数秒ほど経過して、俺の両肩が掴まれた。おそらく今上の小さな掌から、あたたかな体温が伝わってくる。今上は俺をソファーへとゆっくりと押し倒した。俺は背中からソファーに体重をかけた。今上は小さくふーと息を吐いたようだった。そして、もぞもぞと俺の膝の上へと移動した。


 しかし、今上の体温を感じるのに、なぜか体重――重みが全く感じることができなかった。それこそ、今上の周囲だけ重力が存在しないかのような気がした。


 それこそ、自然法則を捻じ曲げるような存在――――


「――!」

「……ん」


 唇に温かな感触がし、咄嗟に目を開けてしまった。

 俺の焦りなど無視するように、口内へと異物が侵入し、口内をまさぐるように舌がなぞられた。心地よい快楽と罪悪感から、俺は今上を押しのけようとした。


 しかし、今上は俺の腕を押さえつけるようにして体重をかけた。今になって、はっきりと今上の重みを感じる。


 さらさらと今上の長い髪が俺の頬に触れた。


「ん」とあえぐような吐息が俺の思考を奪う。


 今上の潤んだ瞳、少し赤く染まった頬、桜色の唇から漏れる柔らかい吐息が、今まで考えていたことが何もかもどうでもよく思えて、今上に身を委ねようとした時――

 

 ピーピーという着信音が鳴った。


 その瞬間、引き戻されるようにして、今上をひきはがすように押しのけた。

 今上がびくっと肩を揺らし、数秒してとろんと潤んでいた瞳がはっと見開かれた。


「ご、ごめんなさい」

「も、問題ないから、テーブルの上にあるスマホを取ってくれ」

「う、うん」と今上は俺から視線を合わせないようにして、スマホをこちらへと差し出した。


 着信は親父――赤洲建造あかすけんぞうからだった。



 電話口での親父は、すまなさそうに言った。


「今日も帰れそうにない」

「わかった、問題ない。いつものことだろ」

「ああ、そうだったな……」

「それで、用件は?わざわざ電話してきたのには理由があるんだろ?」

「まだ藍香のことを調べているらしいな。昨日刑事から連絡が来た」

「……」


「調べるなとは言わないが、勉学をおろそかにはしないでくれ。いつまでも、去った人に想いを寄せても、お前の将来は開かれないことくらい想像つくよな。だから、俺のように医者になるかは別としても、将来のために勉強だけはしておけば――」


「親父は医者だからそうやっていつも死と向き合っているのかもしれない。母さんが死んだ時も、そう言って泣き続ける藍香をなだめていたよな。母さんが死んだ時、そして、藍香が死んだ時、どちらも変わらず仕事をし続ける……ほんとすごいよ」


「……もう一度言うが……調べるなとは言わない。納得するまで続ければいい。ただし、今のお前の経験、知識、人脈で正しい判断が下せるとは到底考え難い。だから、まずは知識を蓄えろ。例えば、『たまたま』調査書類を手にしても、死因を調べるのに解剖書類だって読めないだろ」


「知識と経験が足りないから、今はおとなしくしていろと、そういうことか?」

「それもあるが、時間を置いて冷静になって、客観的に考えろ」


「そんなことしていたら、証拠だって記憶だって風化するだろ」


「……かもしれないな」


「だったら、今行動しないと――」


「大人になって、現実を受け止めろ。まずはそれからだ。その後に、蓄えた知識、経験、人脈、あらゆる手段を用いて対処するべきだ」


「……」


「この話は終わりだ、いいな?」


「……」


「また連絡する」と親父は電話を切った。



「ごめんなさい」

「いや、気にしないでくれ」


 今上は果たしてどちらの意味で謝っているのだろうか。漏れ聞こえた会話を聴いてしまったことなのか。それとも、藍香の死へ関係しているかもしれない加害者家族なのに、肉体的接触を持とうとしたことへの謝罪なのか。


 いやどのような意味にしてもそんなことはどうでもいい。


 やっと手がかりを見つけたのだ。動き出したのだ。そのことだけに集中するべきだ。


 余計な感情なんてものはいらない。


「それで、ビッチでポンコツな魔法使いさんから見て、俺が天然の魔法だかなんだかを持っていることはわかったのか?」


「ビ、ビッチじゃないもん……は、はじめてだし……」


「あーはいはい、処女アピールいらないから、答えてくれ」


「なっ!?ほんと、デリカシーがない――」


「はいはい、俺はデリカシーないから、話し続けましょうね、自称魔法使いさん?」

「むっかつくけど、時間も時間だから、今の発言はスルーするしますけど!?」とふぐのようにほほを膨らませて、抗議の声を上げた後に、話し続けた。


「とりあえず、分かったことは、赤洲くんは魔法使いの適性を持つということ。それにおそらく天然の『魔力』保有者だということ。これはその……さっきのき、キスから読み取ったの。おそらくお庭にあった『神木』の影響だと思う」


「神木?」


「うん、お庭にある大きな木のこと。『神木』は、膨大な霊力を放出し続ける。だから、幼いころからその影響を受けていたとしたら、魔力を受け取る器としての性質を保有することになるの」


「そうか、そんなに特別な木だったのか……」


 たしかに神々しい雰囲気をまとう木だとは思っていたが……まさか霊力とやらを内包しているとは思わなかった。


 いや、今はそれよりも考えることがある。


 俺が魔力を保有しているということ。

 つまり、それは――


「うん、そうだね。おそらく妹さん――藍香さんも魔力保有者だった。その可能性が高いと考えるのが当然だよね……」


 今上は思案するように唇に人差し指を何度かとんとんと触った。


「藍香が魔力を保有していようがいまいがそんなことはどうでもいい。俺はただ藍香がなぜ死ぬ必要があったのか、その理由がわかれば後はどうでもいい」


「赤洲くん……ううん、なんでもない」


 今上は何か言いたそうにしたが、すぐに口をつぐんだ。


∞ 


 その後、俺たちは、何点か決まり事を決めてから解散することになった。

 少し気まずい雰囲気がするものの、とりあえず、決まったことは以下のことだった。


 一、学校では級友として『普通』に接すること。

 二、放課後、藍香の死因と魔法使いの関係を調査すること。

 三、逐一、不審点、疑問点、情報は交換し合うこと。

 四、『魔法使い』を発見しても、決して殺さないこと。


 俺の意見を尊重するように小さく頷いた後、魔法によって、お互いに制約を課すことを提案した。


 もしもどちらかが制約を破った場合、「激しい頭痛と焼けるような痛みが全身をおそう」というものらしい。本来ならば、立場が対等なもの同士でないと契約は出来ないらしい。しかし、俺の魔力だか霊力だかを使うことで、今上にも効果を与えることができるらしい。


 正直、どこまで俺にとって不利になっているのか理解しきれていない。そもそも、4つのことが正しく契約されているのかもわからない。もしかしたら、秘密裏に不利な条件を付け加えて契約している可能性だって否定できない。


 しかし、ここで拒絶してしまっては、今上と敵対関係に発展しかねない。

 やっと掴んだ解決の糸口を簡単に捨てるわけにはいかない。

 信用はしていないが、今上の存在を無視することができない以上、俺に選択肢が残されていないのも事実だ。


 だから今上が俺の左手をそっと掴むのをただ眺め続けた。


 今上は小さく楕円のような図形を描いた。それから、今上は自分の左掌にも同じような図形を描いた。数秒して、描かれた図形が紫色に発光したが、何も痛みを感じずにすぐに消えた。


 今上は俺の掌を満足げに見たあと『終わったよ』と言って微笑んだ。

 

 俺はどこか他人事のようにもう後戻りできないなと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る