第10場 夕食

 パスタの乗った大皿をテーブルへと運ぶ俺の姿に気が付いたのかもしれない。


 今上は、TVで流れているワイドショーから視線を逸らして、ソファーから立ち上がった。俺はパスタの乗った大皿をテーブルに置いて、キッチンへと戻った。そして、背中越しに声が届いた。


「お皿は?」

「テキトーに、棚から出してくれていい」

「はーい」と答えるのが聞こえた。


 数秒して、急ぎ足で、今上が俺の横を通りぬけた。その時、ふわりとクリーム色の髪がなびくのが、視界の隅にうつった。


「うーん、どこだろ」と今上は、耳に髪をかけながら屈んだ。


「皿は——青白い取っ手のある棚にあるはずだ」


「あ、うん、見つけた」と言って、今上は棚に収納されていた数枚の白い皿をテーブルへと運んだ。


 俺は適当な形にそろえたトマトを乗せて、サラダを完成させた。その大皿とは別に、小さな器にオリーブオイルと細かく切った玉ねぎと調味料を加えたドレッシングを冷蔵庫から取り出した。

 

 それらをテーブルへと運ぼうとした。

 その時、キッチンカウンターを挟んだ向かい側にいた今上がキョトンと不思議そうに目を大きく見開いた表情でこちらを見た。


「トングとフォークは?」

「……トング?それは知らんが、フォークとかスプーンは皿の置いてあった棚の横にあるはずだ」


「ふっ、トングを知らないの?」と今上は口もとをゆがめて、馬鹿にするように鼻で笑った。「は?」と俺が睨むと、今上は涼しそうな顔で「よくイタリアンのお店に行くと、パスタを盛るでしょ?あの器具のことだよ」と言った。


「ああ、あれか。それなら、それもフォークとかスプーンの棚と同じところにある」

「ふふ」と今上は俺とすれ違う時に笑った。


 ……こいつ、メシさえ運んでいなかったら、今頃どうなっているかわからないからな。


 イラつく感情を押さえて、俺はテーブルへと皿を運び終えた。手持無沙汰になり、数十分前と同じ位置に座った。


 数秒して、今上が両手にフォークとトングを持ってきた。なぜか楽しそうな表情で、頬にえくぼを浮かべていた。


「今日、クラスメイトの芽実さんに赤洲くんのこと聞いたのだけど、今はこの家にお父様と二人暮らしなんでしょ?室内もきれいだし、キッチン周りも清潔だから、掃除もこなせる。それに、料理も手慣れているようだし、意外と優良物件?」


「なぜ、上から目線でお前から評価されなければならない。というか、『意外』で悪かったな」


「そんなに不貞腐れないでよ」と今上はクスクスと微笑だ。そして、トングでそれぞれの皿にパスタを盛った。それから、俺の向かい側に腰を下ろした。今上はニコニコと笑みを浮かべ続けた。


 一応、声を掛けた。

「……どうぞ」


「いただきます」と今上は小さく呟いた。そして、少しだけフォークでパスタを巻いて、小さな口で食べた。「……おいしい。キャベツとベーコンにバジルの風味が合わさって、さっぱりとしているよね。料理の手際もよかったし、やっぱり、なんでもそつなくこなすタイプ?」


「さっきから、なぜお前は上から目線なんだ」


「ふふふ」と今上は楽しそうに口もとをかくして笑みを浮かべた。


 しばらくの間、無言で俺たちは食事をすすめた。



「ごちそうさまでした」

「意外とたくさん食べるんだな」

「——っ、普通、女の子に向かって、そんなこと言う?信じられないほど、デリカシーがないんだねっ!」


 桜色の唇をとがらせ、今上は目くじらを立てた。

 仕返しのように、サディスティックに大きな瞳を細めた。


「それにしても、料理ができるなんて意外」

「まあ、さんざん藍香に料理を手伝わされたからな」


 気が付いた時には、余計なことを口滑らしてしまった。

 今上は、申し訳なさそうにした唇を噛んで、真剣な表情になった。


「そう……ごめんなさい」


「だから、そういうぐじぐじしているところ、うざいんだよ」


「なっ、何よ」


「加害者の家族であろうがなかろうが、そんなことはどうでもいい。俺は藍香が死んだ理由が知りたい。それだけだ。……だから、何と言うか……そう、今上のうじうじする姿がうっとうしい。それだけだ」


「…………ありがと」


「感謝されることなんてしてないだろ。それよりも、食べ終えたのだから、詳しいことを聞かせてくれ」


「ええ、そうよね」と今上は何かを考えた。そして、つけっぱなしのTVを一瞬見た。そして、俺へと視線を戻して言った。「さきほど、赤洲君が料理に勤しんでいる時に、TVを観ていたの。その時に、紫苑の手がかりがわかったわ」


「それはどういうことだ?」


 なぜTV番組が出てくる。

 今上は何かを誤魔化そうとしているのではないだろうか。俺に知られたくない何かに気が付いていて、それを感付かれないようにしているのではないか。


 いやそもそも、なぜ——


「赤洲君の怪訝そうな顔を見たら、何を考えているのか大体想像つくのだけど……まあいいわ。たぶん、またTV番組で取り上げられるはずだわ。そうね——」と言って、今上は制服のポケットからスマホを取り出した。そして、タップして何かを打ち込み画面をスクロールした。何度かスクロールをして画面をじっと見たあと、満足げに俺へと視線を戻した。


「……?」


「次の番組まで、あと一時間ほどね。それまで時間がありそうだから、とりあえずは、お皿を洗わない?」


 今上はそう言って、少し首を傾げた。

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