花束を君に

 時は流れ、僕らはそれぞれの道へと進んでいった。


 イロハとその彼氏の関係は良好。

 今も続いているらしい。


 僕はと言えば、うだつの上がらない日々ばかり。


 新しい出会いを求めようにも、いつも何処かでイロハの面影おもかげを追いかけて。そんな自分に、ほとほと嫌気が差していた。


 仕事帰り。

 ポストに投函されたものを確認する。


「あ、そうか」


 結婚式への招待状。

 僕は、友人代表でスピーチをしなればならないらしい。


「……これで最後にしなきゃな」


 イロハへの気持ちも。

 僕自身が、前に進むためにも。


 メモ用紙と便箋を用意し、スピーチの原稿を考えていく。並び連ねて行く祝言しゅくごんは、どうにも薄っぺらい。


「僕は……馬鹿だな」


 まだ、イロハに未練があるというのか。

 

「ハァ」


 でも少し、安堵もある。


「これでやっと、諦めがついてくれるかな」

 

 頼むから、そうであってくれ。 

 白紙につらつらと、苦しみながら言葉を並べる。


 せめて、イロハの幸せを願って。

 


 *



 月日はあっという間に流れ、結婚式当日。

 

 壇上のイロハが眩しい程に綺麗だから、脳裏に焼き付かないように目を逸らした。ブーケトスの時、イロハが投げたブーケを僕が吐いたのを見てたあの子がキャッチしていた。


 そして式は順調に進み、僕のスピーチへ。

 呼吸を整え、祝いの言葉を述べる。


「ーーーー」


 正直、自分が何を語ったか覚えていない。

 つらつらと薄っぺらい虚飾された言葉を並べていく。


 イロハと親友が、感動してくれたのが幸いか。


「二人とも、おめでとう。末永く、お幸せに」


 式の最中に出された料理。

 普段飲まない酒も、この時ばかりは飲んだ。


 飲み過ぎて、ふらつく頭で二次会の会場を出た。

 

「二次会も早々に抜けて、どこ行くの?」


 後ろから、声を掛けられる。

 振り返るとそこには、あの日僕が吐いてるの見たイロハの友人。


「別に、どこでも良いだろ?」


 嫌な言い方になってしまう。


「ごめん、ちょっと外の風に当りたかっただけ」

「別に、気にしない」


 苦笑されてしまった。


「一緒にいい?」

「いい、けど」


 意外な提案に、たじろいでしまう。

 酒が入り、少しぼやけた町並みを二人で歩く。


「いろは、綺麗だったね」

「あぁ、そうだな」


 ウエディングドレスに身と包んだ『いろは』は本当に綺麗だった。


「その、さ……」

「ん、どうした?」


 いつもはハキハキと喋る彼女が、今日は妙に歯切れが悪い。


「いろはがさ、披露宴ひろうえんでブーケトス投げたでしょ?」

「あぁ」

「見て、これ」


 彼女は片手に抱えた紙袋から花束を出し、見せる。


「綺麗だね」

「うん……」


 何か言いたげに、口をひき結ぶ彼女。


「どうしたの?」


 その表情に、胸を掻きむしられるような感覚を覚えるのは何故だろう。


「いや……はは。くだらない事なんだけどいい?」

「全然良いよ。むしろその方が助かる」

「そっか」


 小さく彼女が笑う。

 街灯の明かりに照らされた彼女の笑顔。


「あなたは、イロハが好きだったんでしょ?」

「……」

「ごめんね。吐いたの見る前から、気付いてた」


 ため息が漏れる。

 こんな調子じゃ、イロハには気付かれてたのだろうか。


「大丈夫、イロハは気付いてなかったよ」

「良かった……」


 目に見えて安堵する僕を見て、彼女は苦笑する。


「知ってる?」


 手にする花束の香りを楽しむように、彼女は目を瞑る。


「ブーケを受け取った女性が次に結婚ができるってやつ」

「あ~あるね」


 ブーケトスを奪い合う事もあるんだとか。


「……ですか」

「え?」

「叶えてもらって、いいですか?」


 彼女はまっすぐ僕を見つめ、手にした花束を渡してきた。


「誰かの為に、あそこまでできるのは凄いと思う」


 彼女から、目をそらせない。


「何でイロハなのかなって。何で私じゃないのかなって思ったりもしたんだよ?」


 彼女の苦笑いに、とても胸が痛い。


「私じゃ、ダメですか?」


 ギリギリと心がすり減るような感覚。

 自分の心を押し殺す辛さを、僕は知ってる。


「ダメじゃない」


 気付けば、僕は泣いていた。


「ありがとう」


 そう言って彼女を抱きしめる。


「うっ」

「え、大丈夫?」


 込み上げたのは、過剰飲酒による吐き気。

 今度こそ、言える。


「大丈夫じゃない」


 僕の背中をさすり、彼女は嬉しそうに笑ってた。


 こんなこと、誰にも言えない。

 言える訳がない。


 僕の吐瀉物で汚れた花束。

 でも隣には、君がいた。








 

 


 



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言えない恋に、花束を。 春菊 甘藍 @Yasaino21sann

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