言えない恋に、花束を。

春菊 甘藍

言えない恋

 高校生の頃、好きな人がいた。


 一年生、たまたま一緒のクラスで。

 偶然、隣の席になった。


「私、イロハ。よろしくね」

「……あ、よろしく」


 ひどく口下手な僕にも話しかけてくれる優しい子だった。珍しい彼女の名前に、少し興味を引かれた。


「また本読んでるの?」


 そう言って、よく読書を邪魔された。

 

「これ、面白いんだよ」


 くだらないことを話して、笑ってた。

 そんな日々を繰り返す。


 いつしか彼女にかれていった。



 でも、彼女には別に好きな人がいた。


「好きな人できた」


 イロハが、無邪気に笑う。

 

「……おぉ」


 誤魔化すように、驚いたフリ。


 イロハは知らない。

 僕が、イロハの事を好きな事を。


 だから、


「良かったじゃん、イロハ」


 口先ばかりの祝福をべる。


 彼女の名前を呼ぶ。

 引きつりそうな頬を、一生懸命ごまかして。


「でねでね……」


 イロハが楽しそうに、僕ではない男の話をする。

 好きな筈の彼女の笑顔で、僕の心が削れていく。


「随分と、彼の事が好きなんだね」

「……うん」


 顔を真っ赤にしながら、うなずくイロハ。

 

「そうか」


 なら、


「協力するよ」


 そう言うしか、無い。


「いいの?」


 屈託くったくなく微笑む彼女が、今でもたまらなく好きだ。そんな自分がたまらなく嫌いだ。


「任せとけ」


 彼女が好きなのは、僕の親友。

 嫌味なくらい良い奴で、イロハが好きになるのも納得だ。


「あいつ、めっちゃ良い奴だもんな」


 どこか笑顔が歪んでないか、心配になる。

 用事あると嘘をつき、その場を離れた。


 おぼつかない足取りで校舎裏へ向かう。


「……ハァ、意気地いくじ無し」


 漏れるため息。

 悪態は、気持ちを伝える事もできなかった馬鹿野郎に向けて。


 どこにでもある、ありふれた失恋。

 僕の恋を、君は知らない。

 知る必要は無い。


「クソッ……」


 だったら、やるべきことは決まってる。

 彼女を幸せにする。 彼女が幸せになったその隣に、


「僕がいる必要は無い」


 曇りきった僕の心とは対照的に、空だけがやけに青い。ひどく憂鬱な17歳の夏だった。



 それからというもの、二人の為に奔走ほんそうした。


 親友の予定を聞き出し、彼女に教えたり。話のネタになりそうな事を彼女に教えた。


「ありがとう」


 頼られることに快感を覚えてる僕自身に、吐き気を我慢する。自分自身の気持ちを、押し殺し続ける。


 時々、我慢できなくなって。

 失恋したあの日を思い出す校舎裏で、吐いたりしてた。


 そんな、ある日。


「大丈夫?」

「っ?!」


 見られた。

 振り向くと、イロハの友達がいた。


 彼女とは、何回か話したことがある。


「大丈夫だよ。多分、寝不足かな」

「でも、吐いてる……」


 あまり表情に出てないが、彼女がひどく動揺している事が分かる。落ち着いて貰わなければ。


 口元をぬぐい、無理矢理に口角を上げる。


「大丈夫。ほら、大丈夫だから。心配しないで」

「……でも」


 こんな奴、放っておけばいいのに。彼女は自分の事のように僕を心配してくる。


「大丈夫……あ、でも」


 できればこんな所、誰にも見られたくなかった。


「この事、誰にも言わないで」

「……分かった」


 何故か彼女は、ぐっとこらえた様な表情になる。


「ありがとう」


 ギリギリと心がすり減るような感覚。


 何故こんなに苦しんでるのか。

 それは誰にも言えない。


 言える訳がない。


 僕の吐瀉物で汚れた地面を見る。

 一輪の花が咲いていた。


 

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