第49話 決心

「もう……このチャンネルは閉じようと思います」

直哉は最後の配信をする。


「えー?なんだよそれ?」

「どうなったの、結果教えてよー」

「結局、作り話だったってことだよな」

「捨てたやつって死んだの?」

「ねえ、動画とらなかったの?」

「捨てたんじゃない?だから反省?」

「反省とかウケる」


 ウンザリだ。俺はここで何をしていたんだろう……こんなところで……。


「作り話です。だから、もう、ここは閉めます」

声がかすれる。

「そうか。でも、まあ、面白い話だったぜ」

「だよね、ドキドキしたもんね」

「盛り上がったし、良かったんじゃね?」

「視聴数も登録数も伸びたことだしさあ」

「あはは、よかったじゃん」


 辛い。みんなの一言一言が辛い。


「ごめん。そういうわけだから……」

直哉が配信を終えようとした時だった。


「ちょっと待てよ、俺はお前を信じる」

「捨ててきた。だからツライんだよね」

「少しだけど、ポイント入れていくわ」

そう言うと、チャリンという音とともに、500ポイントが直哉のチャンネルに入った。ポイントは、あとで1ポイントあたり1円で換金できるシステムだ。

「俺も」

「あたしも」

「何かの役に立ててくれ」

「頑張れ」

コメント欄が、一気に直哉を応援する言葉に変わった。


 チャリン、チャリン、チャリン、チャリン……


 音は鳴り止まない。


「みんな、ごめん、今までありがとうございました」


 配信を終えて、暫く放心していた直哉だった。集まったポイントは、180万を超えていた。



 2週間後、充の実家を訪ねた。

 場所は、充の住んでいたアパートで聞いてきた。


 充の母親だと思われる人が、玄関の外にいた。声をかける。

「充さんにお世話になった者です。お線香をあげさせて頂けませんか?」

「あらまあ、そうですか。息子も喜びます。どうぞ」


 仏間にあがると、大きな祭壇。真ん中に充の遺影が飾られていた。

 最後に見た穏やかな笑みはそのままに、いや、もう少し溌剌はつらつとして見える。泣きそうになるのをグッと堪えて、線香を上げ、長く手を合わせる。

「いい写真でしょ? 親が言うのもなんだけれど」

そう言って、充の母親は笑った。


「お茶を入れますね」

「あっ、もう、お構いなく。すぐおいとまします」

直哉が焦っているところへ、中学生くらいの女の子が車椅子でやってくる。色が透き通るように白くて細い。

「兄のお友達……ですか?」

「あ……は、はい」

「生前は、兄がお世話になりました」

直哉の前に来て、丁寧にお辞儀をする。

「あ……あの、妹さん? さきさんですか?」

「あ、はい。妹の咲です」


 直哉は、咲に向き直ると、スッと紙袋を差し出した。

「充さんから……お兄さんから預かっていたものです。咲さんに渡してほしいと言われていたので」

「え? なんでしょうか?」

尚也は咲がそれを開ける前に、逃げるように帰って行った。



 咲と母親は、不思議そうに顔を見合わせていたが、紙袋に入った、包みを開けて、驚いた。

「お金……」

「こんなに?」

「あの人は誰?」

「知らない……」


 みんなから貰った180万以上のポイントに、自分の貯金を足して、200万円にして、咲に渡してきた。

 それでも、直哉の気持ちが晴れるわけではない。



「父さん、母さん、お願いがあります」

「どうしたの、改まって?」

「金の話か?」

直哉は、両親の前で土下座した。

「ど、どうしたの?」

母親が心配して、横に座る。

「俺、医学部を受験したい」

「えっ??」

父親と母親の声が重なる。

「今まで大して勉強してこなかったから、再来年は受からないと思う。でも、1浪しても2浪しても、行きたいんだ」

「医者に……なりたいのか?」

父親の問いに、うんうんうんと頷く。

「どうして急に?」

母親も驚いて言う。

「まあいい。自分で決めたんなら。頑張れ。俺たちは、直哉を応援するよ」

父親は笑って、息子の頭を撫でた。




「どういうことです?!」

「何がだい?」

「全く罪のない、捨てる必要もない子を殺すなんて!!」

「知らないよ。入ってきたから捕まえただけだろ?」

「お姉様?!」

「だって夕子、あの子はお金も持ってなかったんだよ?」

「そういう問題じゃないでしょう!」

「だから、一撃でやってやるように言ったよ、あたしは。痛かったのは一瞬さ。他の奴らと比べてごらんよ」

「同じでしょ? 私達がしていることは殺人です!!」

「大きな声をあげるんじゃないよ。外に聞こえるだろう」

「もうやめましょう。私は嫌です」

「今更何言ってるんだい。お前だって同罪だよ?!」

「そうよ、同罪よ! 認めるわよ。だけど、捨てられても仕方がない奴とあの子とは違うでしょう!!」

「入ってきたものはしょうがないだろう?」



「……わかりました。もうお姉様には頼みません」

「夕子?」

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