第48話 代償

 夢の中、いつもの曲がり角、いつもの裏門。もう見慣れた風景だ。


 ただ、自分の隣に、みつるがいること以外は……。


「いらっしゃいませ」

老人が、いつもとは違って、丁寧な口調で迎えてくれる。

「こんにちは。初めまして」

充も丁寧に、穏やかな笑顔で応える。

「今日は、存分に遊んでいらして下さい」

老人がそう言うと、充は首を静かに横に振った。

「僕は、捨てられにきたんです」

その言葉に、驚いたように、老人は直哉を見た。


「この人は、全部知ってる」

直哉は、老人の視線に答えるように言う。

「それなら、何故?」

老人は、充の顔を真っ直ぐに見る。

「捨てられるとわかっていて、自らついて来たと?」

「ええ」

「夢の中で死ぬだけなら大丈夫だろうと思っているわけではないのですか? 捨てられるとなると、二度と戻れないのですよ?」

えっ? 3回チャンスがあったんじゃ……? 直哉はびっくりして老人を見る。

「ちゃんと説明をされなかったんじゃ……」

「いえ、僕は」

充は老人の言葉を遮った。

「現実に死ぬことを選んだ人間です。だから、構わないんです」

自殺したいという感じでもなく、穏やかな彼の様子に、老人も、それ以上何も言えなかった。代わりに、直哉を睨んだ。


「お前さん、今から自分がしようとしていることがわかってるのか?」

直哉の腕を掴む。

「じゃあ、俺が殺されればよかったのかよ?!」

直哉が、あらがう。

「死にたいって言ってるんだから、死なせてやればいいじゃんか!!」

直哉は涙声になっていた。


「直哉くん。ありがとうね」

統は直哉の顔を見て微笑むと、老人に向かって言った。

「僕の一方的な我儘なんです。直哉君は悪くない」

そして、扉の方を向いた。

「ここから入ればいいんですか?」

入っていこうとする。


 老人は、諦めたように充を見た。

「ご案内いたします」

裏口から彼を連れて入って行った。


 直哉は、その場に泣き崩れた。

「俺は……なんてことを……」


 裏口から出てきた老人は、直哉のその姿を見て、言った。


「夢から覚めたら、お前さんは、もっともっと後悔することになる」



 目を覚ますと、隣で充が寝ていた。辺りは血の海だ。

「充さん! 充さん?! 起きて!! しっかりして!!」

直哉は充を起そうとした。

「ん……あ……あれ?」

充が目を覚ます。途端に飛び散っていた血は、スッと消えてしまった。

「よかった……生きてた!!」

直哉は、充に飛びついた。


 充は当惑したように言った。

「でも、僕、多分、殺されたよ?」

「え?」

「なんていうか……金棒みたいので、一撃だった」

「え? 腕をもがれたりとか……」

「いや、庭みたいなところに座らされて、ホントに一撃」

「え?」

殺され方が違う。でも、一撃なら、一瞬だっただろう。感じた痛みは、少しはラクだった筈だ。直哉は、そんな呑気なことを思っていた。

  


 充が無事帰ってきたので、安心して家に帰った。


「結局、こいつら、使わなかったな」

リュックの中からメガネ型のカメラや小型カメラを出す。使っていたら、いいシーンが撮れただろうか? ――いや、持って行った自分自身を軽蔑することになっただろう。



 夕飯を終え、自分の部屋に戻ろうとしたとき、テレビを見ていた姉が大きな声を上げる。

「うわあ……」

「何?」

振り返ると、事故現場らしい様子が映されていた。

「大学生が大型トラックに跳ねられたんだって」

「え?!」

テレビに駆け寄った。

「……区に住む原田はらだみつるさん20歳だということです。原田さんは、道路に飛び出した3歳児を避けようとしてハンドル操作を誤った大型トラックに跳ねられ……」

「え……」

「即死だったみたいだねえ。可哀想に。……でも、みんな可哀想な事故だよね……。子供のお母さんも、ちょっと目を離した隙だったみたいだし、運転手さんだって避けきれなかったんだろうし、大怪我したって言ってるし――何よりこの大学生、気の毒だわあ」

「あ……」

「子供もさあ、今はわかんないけどさ、大きくなって、どこからかこの事実知ったら、辛いよねえ」

「う……」

「それにしても、この野次馬!! 何写真撮りまくってんのよねえ! 人が死んだのがそんなに面白いの? 信じられない!! ねえ?」

姉はテレビから直哉に視線を向けて驚いた。顔が真っ青だ。泣きながら震えている。

「ちょ、ちょっと、直哉!! どうしたの、直哉?! 直哉!!」

うずくまると、姉が一生懸命、背中をさする。

「お母さん!! 来て!! 直哉が大変!!」

母親が来ると、背中をさする役を代わった。

「お水くんでくる!!」

姉が水を持ってきてくれて、それを震える手で飲んだ。飲んで咳き込む。それを機に吐き気をもよおして吐いた。泣きながら、血が出るほど吐いた。

「俺がやった!!」

「俺のせいで!! ……」

吐きながら、何度も叫ぶように言う。


「大丈夫だから」

「何があっても、あんたのせいじゃない。大丈夫だから」

母親と姉とが代わる代わるそう言って、直哉を抱きしめながら、背中をさする。


 自分は何て恵まれているんだ。そう思うと、また涙が止まらなかった。

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