第47話 決めた

 メールを開いていく。アドレスがいかにも怪しいやつは全部、はじく。見たことのある名前はとりあえず残す。直哉は記憶力がいい。それだけが取り柄で、成績は意外と良かったりする。

 タイトルを見ていく。

「件名 頑張ってね!」

「件名 見つかりますように!」


「いいから!! 今、応援すんな、邪魔だから!」

イライラする。


「お?」

直哉の手が止まった。


「件名 捨ててもらいたい理由があります」


恐る恐るメールを開く。

「先程の者です。僕は、君に、僕を捨ててほしい。殺される役を代わってほしいです。3回目には、ちゃんと殺してくれるんですよね? 話を聞いて欲しいです」


 ちゃんと殺してくれる? そうだけど……いや、多分そうなんだろうけど、何で殺されたいわけ? 本当に理由がわからない。死にたいだけ? なら別の所で勝手に死んでくれよな。俺を巻き込むなよ。

 っていうか、この依頼受けたらさ、俺、「自殺幇助じさつほうじょ」になるんじゃないんだろうか?



 自殺幇助という文字が頭にちらつきながらも、他のメールにも目を通し、4件にまで絞った。



 まずは、24歳OLだという女に返信する。

「ホントに殺されるかもしれませんよ? それでも行きたいですか?」

すぐ返信がきた。

「もう……いいんです……あたしなんか……今日も失敗して、上司に叱られて……もう、死ねばいいんです、私なんて……」


 いかん。これは完全に自殺幇助で捕まる。



 次はプログラマーをしているという30代の男。

「新しいゲームのヒントになればいいなと思ってね。要するに逃げ切ればいいんだろ?」


 ダメだ。お前はゲームオーバー=死だということがわかってない。現実を見ろ。



 次は女子高生か。女子高生で死にたいって何だよ。

「死に方がさ、凄いグロくて、ゾクゾクしたの。あたしなら、あそこで頸動脈なんか切らないね。足ももぎたい。あと、性器とかも切り取りたいね」


 ダメだ……こいつも話にならない。一人で病んでろ。



 結局、最初に見つけた、「捨ててもらいたい理由がある」男に話を聞くことにした。20歳の大学生だと言っていた。

 チャットで話せるようにした。


「お金がほしいんです。いえ、あなたに払ってほしいとかじゃなくて、僕の生命保険の保険金がほしい。使いたいことがあるんです」

「死んだら、お金があっても意味がなくないですか?」

「僕には、僕以外のことで使うお金が必要なんです」


 訳ありなのだな。


「ちなみに何に?」

「妹の……心臓移植です」

「えっ?」

「手術は海外で受けることになるんですけど、莫大な医療費がかかります」

「だから……保険金を?」

「自殺しても貰えないじゃないですか。なら、殺してほしい」

「なるほど……。話はわかりました。でも、夢で最終的に失敗して殺されることが、本当に殺されることになるのか、保証はできないです。僕もホントに殺されたわけじゃないから」

「構いません。無理なら、他の方法を探しますから」


 直哉は少し躊躇った。これも自殺幇助には違いない。けれど、彼には協力してもいい、彼ならきっと、あの殺され方にも耐えられるだろう。


「この会話は、『完全な形』で消去してください」

「わかりました。親友に詳しいヤツがいます。そいつに頼みます」



 25時。


「はい、直哉の雑談チャンネルです。遅い時間だからね、ちょっと静かめでね。ちょっと音楽も流しません。ごめんね」


 視聴者の数を見て驚く。お前たち、そんなに、これから死んでいくやつのこと知りたいの?


「一人、決まりました。でも、名前も顔も出しません。凄くね、納得できる事情があったのね。でも、それも言えない」


「なんだよ、面白くないな〜」

「名前や顔はともかく、理由くらい話せよ」

「顔くらいわかんないとさ、ホントに捨てられたかどうだかわかんないじゃん」

「そーだよ、全部作りもんってこともさあ」


 直哉は悩む。そうだよな、全部作り物だと思われるかもしれないよな――でも……


「ごめんね、みんな。言えない訳がある。撮影はしてくるつもりだけど……あんまり期待しないでね」


 視聴者のブーイングをコメント欄一杯に見ながら、直哉は配信を終えた。



 捨てられたいと言った大学生は、みつるといった。直哉は、充と相談して、彼のアパートに泊まりに行くことになった。勿論、親には、友達のところに行くと言ってある。


「そもそも、連れて行くって言っても、連れて行き方がわからないんです」

直哉は、正直に充に話す。

「そう……。どうしたらいいだろうね」

充は穏やかに答える。

 この人は、絶対いい人だ。死ぬべきではない人だ。そう直哉は思うけれど、本人は死にたがっている。いや、もう覚悟ができていると言った方がいいのかもしれない。


 ふと、直哉は思い出す。

「俺の身につけてたものは、全部持って行けてました。もしかしたら、俺と何かで繋いでたら行けるかも」

充は頷く。

「君に任せるよ」


 直哉は、充と手を繋ぎ、ほどけないように、紐でしっかりと縛って眠りについた。


「連れていけますように」と「連れて行っていいんだろうか?」という感情が、直哉の中で揺れていた。

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