第45話 録画

 物陰から、そうっと中央の廊下は撮った。ここは客室の入り口が並んでいるんだな。浴衣を着た客が連れ立って歩いていたり、仲居が盆で茶菓子か何かを運んでいるのがわかる。どちらも後ろ姿しか撮れないが。


 客室の裏側には、布団や座布団、座椅子などをしまっている部屋や、シーツや布団カバーなんかを仕分けする部屋があったりするらしく、こっち側の通路も意外と仲居が行き来している。隠れるところは多そうだが、いきなり何かを取りに来た仲居と鉢合わせしないとも限らない。


 反対側にも通路がある。こっちは何だろう?ただの廊下に見えるが……、あっ、いかんいかん。仲居が茶菓子を運んで来た。奥に調理場か何かがあるのか?

 こちらには窓があって、明るい。この明るさでは、俺が簡単に見つかってしまう。


 さて、どうしたものか?


 こんなゲームあったよな。相手が後ろを向いているうちに、進んでは隠れ、進んでは隠れ。慣れてくるとすぐクリアできてしまったので、とっくにアンインストールしたヤツだ。

 

 よし、いっちょ、やるか。


「よし!」

勢いよくゲームを始めようと声を出してしまった。

「ヤバイ!!」

そう思った時には遅かった。口に何かを詰められ、腹を思いっきり殴られて、直哉は気を失った。



「足が……足が痛え……」

ギリギリと何かが食い込んでくるような足の痛みで意識を取り戻した瞬間、

 バキッ!! ボキボキボキ!! メリメリメリメリ……ゴキッ!!

 物凄い音と共に、体を貫く信じられない痛みが直哉を襲った。


 ゴロン


 逆さまに吊り下げられた直哉の目の前には、もぎ取られたばかりの自分の腕。

「うぐぅぅぅ!!」

未知の痛みに直哉の体は大きく揺れる。もう片方の手も地面に縛り付けられている。揺れる度にギリギリと足を縛ってある縄がキツく締め付けてくる。


「痛い……痛い……痛い……たすけて……助けてくれ……」

口に何かを詰め込まれているので、声は出ない。



「お。お目覚めかい?  お前の姿は、ちゃんと録画されてるからな。大丈夫だぜ」

斧のような包丁を持った男が笑う。

「舐めたマネしてくれるよなあ、全く」

もう一人も笑う。直哉の腕を切り落とした時についたのだろう返り血で、そいつの体は真っ赤だった。

「ほら、バランスが悪いから、そっちもな」


 ガッ!! バキバキバキバキ!! メリメリ……ドサッ!!


 直哉の目の前に、腕が二本揃えられる。


「お前、殺されるとこ、撮りたくて来たんだろ? じゃあ、ゆ〜っくりがいいよなあ。でも、俺は案外気が短くてな、悪いな」

 

 そう言うと、男は、持っていた刀を直哉の首に当てる。

 

 シュッ


 直哉が死を覚悟した瞬間、


「あれ?切れねえなあ」

男が笑った。

「研いどけって言ったのになあ」


 ガガッ


 引っかかるような音と感覚。


「なかなか到達しませんなあ」

男がまた笑う。


「早く!!  早く殺してくれ!!  早く!!」


 そう直哉が願った瞬間だった。


 バシュッ!!!


 直哉の頸動脈が切れ、そこから血が吹き出していく。意識が途切れる。途切れる。途切れ…………



 バッ!!


 直哉は飛び起きた。

「夢か……夢だったのか……」

そう思ったのも束の間、自分の周りのおびただしい血に、

「うわぁあああ!!」

叫んだ。


 直哉の叫び声に気付いて、親が部屋に行った頃には、その血は全部消え失せていたけれど。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

まだ息が整わないまま、自分の体を確かめる。大丈夫だ。腕はついている。首に傷はない。声もちゃんと出る。


 あれは夢だ。

 悪い夢だ。


 そう自分に言い聞かせながら、落ち着かせようとしていた時、ポトッと頭からメガネ型のカメラが落ちる。

「わっ!」

思わず跳ね除けた。

 そう言えば、自分の体には、数台のカメラがつけられていたのだ。いや、勿論、直哉自身がつけたのだが。


 恐る恐る、メガネ型のカメラを再生してみる。宿のシーンは、なんということはなく、普通に映っている。客も、仲居たちも。ただ、見つからないように撮っているので全部後ろ姿だが。


 ここからだ。


「よし!」

画面の中の直哉が、声を上げた。


 次の瞬間、画像が大きく乱れ、砂嵐になる。

「え?」

ザ……ザーッ

 

 砂嵐は一瞬だった。


 次に画面がクリアになった時、直哉は全裸で、逆さまに吊り下げられていた。

 暫くすると、両腕がもがれ、頸動脈が切られ、血が吹き出して、直哉は死んだ。


 直哉は、トイレでゲエゲエ吐いた。吐くものが無くなっても、吐き気は止まらない。血が出るのではないかと思うほど吐いた。


 部屋に戻って、もう一度見直す。怖い。もう見たくない。けれど、俺は、この映像を編集して公開しなければならないのだ。

 タオルを口に当て、吐き気を抑えながら、画面に向かう。


「あれ?」


 あの男たちが映っていない。


「なんでだ?」


 流石に腕を切り落としたり、首を切ったりした時には、映ったはずだ。おかしい。何故、俺だけしか映ってないんだ?



 どうする?


 これをこのまま公開するか? いや、流石に全裸のシーンは勿論加工するが……それにしても、俺の腕が勝手にもぎ取られ、勝手に頸動脈が切られ……そんな場面見て、みんな信用するんだろうか?


 また作るか?


 いや、無理だ。流石にあれは作れない。

 このまま、奴らが映っていないままで編集しよう。

 

 そのためには、他に付けていたカメラも全部チェックする必要があった。

 直哉は、また吐き気をもよおしていた。

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