第44話 「証明しろよ」
夢の中で撮ってきた動画を編集しようとして、直哉は妙なことに気付く。
「あれ?」
映ってないのだ。
「嘘だろ? マジか?」
他のものは全部映っているのに、老人が映っていない。直哉はずっとインタビューをしているが、目の前には誰もおらず、喋っている声も全く入っていない。
まるで、直哉の一人芝居のようだった。
これを配信しても、本当のこと(いや、夢の中のことだが)をわかってくれる視聴者がいるとは思えない。どう見ても、俺しか映ってないし、喋ってない。これで、脱出するの、捨てるの言われても、信じられないだろう。
どうする?
――作るか?
老人は影のようにぼかした存在でもいい。所詮、夢で見た人間だ。映ってなくともおかしくないものだ。
そこに、老人が言っていたセリフをはめ込む。直哉との受け答えが不自然にならないように。
よし、できた。
偽物、作り物と言われれば、そうなのだが、状況的に嘘はない。
誰に言い訳するともなく、直哉は思った。
「はい、今日も始まりましたよ、『直哉の雑談チャンネル』〜、ワーワー、パチパチパチ」
いつも通りのジングルを鳴らす。
今日はいつもよりドキドキしている。
「ついに、ついにですよ、皆さん!! 夢の中の『曲り角』の秘密がわかりました!! いやいやいや、ホントだってば。昨日撮ってきたのとは比べものにならねえの、撮ってきたから。見てよ。ね、runrun、やのP、見たらわかるからさ〜。いきます!!」
そう言うと、直哉は、編集した動画に切り替えた。老人の声も作り物だが、わざとわかりづらくして、下に字幕をつけた。
「随分と説明っぽいな」
「普通、こんなに喋る?」
「ってか誰よ、こいつ。ジジイ?」
「上手く作ってるけどバレバレだよな」
「嘘じゃないって証明してよ」
辛口のコメントだらけだ。女の子たちが怖がってキャーキャー言ってたのも最初だけだった。
やっぱり作り物だよな、どう見ても。じいさん、説明しすぎだし。ホントに聞いた話なんだけど、ホントじゃないように聞える。わざとか?
そんなことを考えているうちに、動画が終わった。
「ね? すごいでしょ? いやいや、みんな疑ってたけどよ? 疑いまくってたけどよ? じゃあ逆にさ、もし本当だったらどうする? 『そりゃ怖い』、だよね~? ねえ、どうしたら本当だって証明できると思う?」
直哉が聞くと、いろんなコメントがあがってくる。
「誰か連れて行けば?」
「いや、夢の中だぞ? 無理じゃね?」
「中がどうなってんのか、撮ってこいよ」
「そうだよ、中に入ってみなよ」
「まーてまてまて。さっきのじいさんの話聞いてなかった? 俺、ここ入って見つかったら、殺されちゃうのよ?」
そう言った時だった。
「いいじゃん、殺されてくれば」
一人の女がそう言った。
「そうだな、お前3回チャンスあるんだよな?」
「1回殺されてくればいいじゃん」
「そうだよ。そしたらさ、うちらもどんなところかわかるじゃん?」
ワイワイとコメント欄は盛り上がる。
「1回死んでこい」
「殺されてこい」
「わ〜った。わかったよ〜。それで、みんなが信じてくれるんだよな? 仕方ないなあ。行くよ。行ってくる。すっげえの撮ってくるからな。お前ら待ってろよ〜!!」
準備がしたかったので、雑談タイムは省くことにした。
「じゃ、一回、殺されてきまーす」
お前ら見てろよ……すげえの撮ってきて、びっくりさせてやるからな。俺のこと疑ってる奴ら、許さねえからな。
直哉はそう思いながら、自分が殺される映像を撮るべく、スマホだけでなく、持っている限りの小型カメラを、自分に装着して寝た。
夢の中。裏門を4回叩く。
老人が出てきた。
「逃げることに決めた」
「……お前さん、変なこと考えてないか?」
「な、なんだよ、変なことって?」
「一回、殺されてみようと思った、とか」
「なんだ、それ?! そんなヤツいる?」
「ならいいんだ。馬鹿なこと考えると、後で、それこそ死ぬほど後悔することになるからな」
老人は、表玄関まで見つからないように出ろ、と言って、下駄箱の鍵を直哉に渡した。
「声を出すんじゃないぞ。それから……」
老人は、直哉に向き直って言った。
「変な気は起こすなよ」
老人の合図で、直哉は裏口から、宿の中に入って行った。
最初はスマホで撮ろうと思っていたのだ。だが、スマホで撮っていたのでは、周りに注意が向かない。相手に気付かれていることに気付かれないことだって考えられる。
直哉は、メガネ式のカメラを使うことにした。こうすれば、直哉の視線の先の画像が撮れる。視聴者にとって、一番臨場感溢れるものになるに違いなかった。
他にも小型カメラを幾つか自分の体に装着している。編集はあとからすればいいのだ。今は、なるべく沢山の情報がほしい。
入ってすぐ右側、奥に続く絨毯の敷かれた廊下の方は、どうやらスペシャルゲストのための部屋のようだったので、廊下の入口だけサッと撮った。今は全体像が知りたい。ここは後に回そうと思った。
左側は賑やかだ。どうやら真ん中の大きな廊下が、宿のメインの廊下らしい。直哉は見つからぬように隠れながら、それを撮影した。
「表玄関はこの先か……。見つからないようには、結構大変だぞ」
心の中で呟く。
「こんなの、見つからずに生きて帰れるのか、俺? ……あ、そうか、死にに来たんだった」
今更ながらに足が震える。
「殺される……ってどんな感じなんだろうな。殺されたことないからな……」
これまでゲームで散々ゾンビも撃ち殺してきたし、戦闘機だって落としてきた。敵を刺殺したり斬り殺したりしたこともある。
でも、殺られてゲームオーバーになっても、本当に殺された経験はないのだ。そんな当たり前に気付くはずのことに気付かなかった自分。
直哉は、ゴクリと唾を飲んで、物陰に身を潜めた。
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