直哉の場合

第42話 直哉の場合

「夕子様、あなたのせいで、また迷子がやってきそうですよ。やれやれ」

老人が、天を仰いで呟いた。

「師走か。もうすぐ今年も終わりじゃな」



 変な夢を見るようになったのは、いつからだっただろう?


 そうだ。あの日、公園の近くで、薄着で裸足で震えている男女をみつけた、あの日からだ。

 俺は気味が悪くて、すぐ傍を見て見ぬふりをして、早足で通り過ぎたけれど、あいつら、俺に何か呪いでもかけたんだろうか?


「なんてな。ファンタジーだな」


 笑いながら、カメラをセットする。いつもの動画配信の準備だ。

 今日のネタは何にするかな?  この夢のネタでも喋ってみるかな。思いついて、スケッチブックに、クレヨンで、ササッと絵を描く。これで準備万端だ。さて……


「はい、始まりました、直哉なおやの雑談チャンネル〜!! いつもご視聴ありがとうございま〜す。いつもの視聴者様はご存知かと思いますが、ここ、『直哉の雑談チャンネル』はですね、私、直哉が思いついた『お題』で、皆さんと雑談していこうという、ゆる〜いところです。皆さん、どうぞ、ゆる〜く、生温か〜く、ご視聴下さ〜い」


 いつも通りのジングルを鳴らす。ラジオの公開チャンネルのようなスタイルだ。


「今日の話題は、ですね、『夢』。あ〜、何になりたいとかね、そういうんじゃないんで。俺にそんなん相談したいやついる? あはは。実際に見る夢の話ね〜」

いろいろコメントが上がってきているのを見ながら、進めていく。

「実は俺ね、最近、変な夢見るの。おい、そこ。エロい夢じゃねーわ。ハハハ。見たいわ、逆に」


「こ〜んな夢」

クレヨンで描いた曲がり角の絵をカメラに向かって見せる。

「『相変わらず、絵上手いね』?  ありがと〜、よく言われる。え? 『壁じゃん』って?  そーなのよ、これがね、壁。ウケるでしょ?  壁っていうかさ、曲がり角なんだよね。ずーっと細い路地?  通路?  みたいなとこを歩いてるわけ。両側がコンクリートでさ。で、右側に曲がってるんだけど、その曲がり角の手前、左側に、あ、この辺ね、植え込みがあって、家の裏口っぽい門があるの。そんだけの夢。」

いろんなコメントが口々にあがる。

「『ホラーじゃん』って?  いや、まだホラーと決まったわけでは、さ。『井戸から女出てくるやつじゃん』?  いやいや、井戸ないし。あはは。『動画配信しろよ』ってか?  夢だからな〜。できたらやるよ。あはは」


 その後は、他に参加している皆の夢の話でひとしきり盛り上がり、30分の配信を終えた。


「動画配信か……夢の中からは流石に無理だろうけどなあ。」



 その日の夜、直哉は、念のために、撮影機材をベッドの周りに置いて寝た。とりあえず、ポケットにはスマホ。スマホをポケットに入れたまま寝ると、低温火傷の危険性があるらしくて、そこがちょっと不安だったけれど。


「お。ラッキー。一発で来れたじゃん」

辺りを探すが、撮影機材は何も持ってきていない。

「なんだよ〜。やっぱ、配信とか無理じゃん。」

ふと、右ポケットに、スマホが入っているのに気付く。

「お?  お前持ってこれたんじゃん。すげー」

明日の配信のために、早速動画を撮ることにした。


「ここが、例の通路です」

わざと、ヒソヒソ声で喋る。見つかったら殺されるようなシチュエーションを作る。

「両側は、コンクリートの高い塀。そして、この先が例の曲がり角になります。俺はいつも気付くとここにいるのです」

スマホのカメラを左側に向けていく。

「曲がり角の左側には高い植え込みがあって、そこに、ご覧のように、裏口らしい門が一つ」

そう言いながら、裏門を撮る。そして、再度曲がり角の方へカメラを戻す。

「そして、曲がり角ですね。この先も、ずっとコンクリートの壁が続いています」


 直哉は、これより先に行ったことはないことにした。初めてアイツを見たときのように、皆を驚かせてやろう。

「実は、俺もこの先は知らないんですけど、行ってみたいと思います。……それにしても、何もない通路ですね。……あっ、出口が見えてきました。……なんだ?この匂い?」

出口を一歩出た所で、焼き鳥か何かの匂いがした。カメラをそちらに向けると、屋台。

「えっ? 屋台?」

そう言った瞬間、黒い影のようなものが、ニヤリと笑ってこっちを見た。


「うわっ!!」

直哉は飛び起きた。

「そ、そうか。夢なんだった。でも、間近に見ると怖いな、あいつ」

汗びっしょりだったので、朝からシャワーを浴びた。

「ちょっと〜、直哉、もう12月よ?  朝のシャワーは、風邪引くからやめなさいって言ってるでしょ!!」

外で、母親の声がする。

 

 シャワーから戻ると、タオルで髪をふきながら、夢の中で撮った動画を見る。

 どうなっている? 夢の中だぞ?  撮れているわけないんだけど。


「えっ??」


 意外なことに、動画はちゃんと撮れていた。

「嘘だろ、おい……」

夢の中の自分は、夢の中の自分が通った道を撮影しながらあるいている。

「よっしゃあ!!  すげえじゃん!  すげえネタじゃん!!」

これで登録数が一気に上がること間違いなしだ。


 たが、最後のシーン。焼き鳥屋台の主人は、何故かうつっていなかった。

「なんでだ?」

その後すぐに起きてしまったから、見切れたのかもしれない。



「よし、学校から帰ったら、これ編集して、配信だな。」

視聴する皆の驚く顔を想像して、直哉はワクワクが止まらなかった。

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