第41話 姉妹
夕子は当然の如く、女将に呼び出された。
「長次と妙子を逃したそうじゃないか」
「ええ。別に構いませんでしょ?」
「タダ働きが減ってしまったよ」
「妙子は、長次を繋ぎ止めておくための餌だったのでしょう?」
「……あの娘を助けてやったんだ、あたしはね。その恩を仇にしやがって、あいつは」
「妙子を助けて、タダでホステスとして働かせて、その娘と離れられない長次という、いいホストをタダ同然で働かせて」
「な、なによ。何が言いたいの?」
女将が少しだけ
「お姉様、もうやめない?」
夕子が、女将を哀れむ目で見る。
「もう、お金なら十分じゃない。私達、あの人たちの悪事に加担させられてるのよ? 私達がやっていることは、犯罪よ?」
「あ、あたしは関わってないわ」
「殺す相手をここに連れてこさせて、金を散々巻き上げた挙句、金がなくなったら、彼らに引き渡して、好きなようにさせているのよ? どうなるのか知りながら」
そう、「彼ら」は、突然やってきたのだ。大きな金儲けの話を持って。
「あんたの所を借りたいのだが」
突然やってきた二人の男は、そう言った。
「ここには、時間と空間の歪みがある。面白い商売ができる場所だ」
言っていることは、まるでわからなかった。
「あんたは博打やなんかで、金持ちに金を使わせるだけ使わせればいい。そいつの金がなくなれば、俺たちがそいつの肉を頂く。簡単な話だろう?」
「肉を?」
「俺たちの時代ではな、人間の肉を好む美食家が多くてな」
「ヒッ!」
女将は思わず声を上げた。
「そこまであんたにやれとは言わない。捕まえる奴も、
「……」
女将は想像して、吐き気をもよおしてきた。
「あんたは、客を呼んで、遊ばせて、全財産を使わせて、俺たちに引き渡せばいいだけだ。悪い話じゃないだろう?」
女将は考えていた。
ここのところ、近くに安く泊まれる宿が増えて、宿としての売り上げは下がる一方だ。明治時代に建てられた、この大きな宿を継いでから、自分の代で潰すわけにはいかないと思っていた。
金だ。この宿のためには、今の自分には、金が必要なのだ。
女将は、この話を受けた。
彼らは、まず、奥の間を特別室として、一般の客や仲居は出入り禁止にした。
そこに、訳ありでお天道様の下を歩けないような男と女を用意するように言った。なるべく見た目の良いのを連れてこいと。
それは、庭番をしている
そこで働く男女は、女将に命じられる通りに仕事をさせられた。けれど、もう何も失うものもない人間ばかりだ。言われるままに仕事をしていれば、食いっぱぐれもなく、贅沢な生活が約束されているのだ。誰も文句を言う者はいなかった。
芸者にホステス、ホストに娼婦、博打は勿論イカサマだ。
裏から情報を流す。捨てたい男や女を連れてこい。なるべく金持ちの。
そのために、夕子を高級クラブで働かせた。世の中には捨てたい奴など山ほどいる。そいつらに、中堅どころのいい女を与えて、信じさせ、案内させる。何度か通っているうちに、負けが続くか、女に貢ぎすぎて金がなくなる。そうすれば……肉と骨だ。
「あんたが帰ってきた時は驚いたわ」
「辛そうだったの。ルリちゃんが。もう解放してあげたくて」
「だからって、あんなに金をやることはなかっただろう?」
「あれは、あたしが働いて稼いだ物よ。いいじゃない。ここでまたホステスとして働いているんだから」
「あたしの妹じゃなかったら、とっくに肉と骨になってたんだよ、あんた!」
「そうね。それもよかったかもね」
「よくないわよ! たった一人の身内なのよ?」
「そうよ、お姉様。たった一人の身内のお願いなの。もう、やめましょう?」
「……」
女将は少し考えてから言った。
「やめたい。そう言ったら、やめさせてもらえると思うかい?」
「……」
夕子も、そこを考えていた。
「いつまで、続けるつもりなのかしら……」
捨てたいような奴ばかりではなかった。時空の歪みとやらは、全く関係のない者まで連れてくる。
「令和4年」という未来の、しかも夢から迷い込んでくるという。
そんな罪もない人たちが、屋台の男や客に見つかり、気に入られ、その空間から逃げられなくなる。そして、宿に誘い込んで、捕獲して、肉と骨にする。
ただ、表玄関まで逃げ切って、外に出られると厄介だ。そこは本物の昭和40年の街があり、近くには交番もあるのだ。そこに飛び込まれたら……。しかし、夢の住人が本物の40年に飛び込んだら、それは夢にはならないのかしら……。
夕子は考える。
いっそ、誰か警察に通報してくれないだろうか。
そうすれば、姉も自分も、ラクになるかも知れないのに。
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