第28話 栄町商店街

「こ、これ……」

震える手で、「肉」を屋台の男に渡す。

 少しだけ触れた男の手が、氷のように冷たかった。


 フフ……。と、男が笑い、小さな筒状のケースを渡してきた。中には錠剤のようなものが幾つか入っている。

「これを、飲ませろ」

「な、何の薬ですか?」

「飲ませればわかる。……栄町商店街の駐車場、1番に呼び出して飲ませろ」

「そ、それで連れてこれるんですか?! 栄町商店街って……どこなんですか? 教えて!! どこの駐車場なの?!」

そう聞いていると、客だろう、ブルドッグのような顔をした太った男が、

「おう、新鮮なやつだろ。生でくれよ」

と言う。屋台の男は、

「はい。お待ちを」

そう言うと、瑠奈が持って来た皿に被せてある紙を取った。


 血がしたたる生肉……これは、南の……。


「いやあぁああああ!!」


 叫びながら、瑠奈はそこから逃げ出した。曲がり角のところで老人が待っていた。

「出て、周りをよく見ろ! そうすれば、わかる!!」

走り去ろうとする瑠奈に大声で叫ぶ。瑠奈は出口へと全力で走った。



 瑠奈は、柵を出たところで座り込んで吐いた。吐くものが何もなくなっても吐き続けた。泣きながら吐いた。


 夢だ。これは夢だ。

 自分は夢だと知っている。

 目覚めれば、隣に南はいるから!

 大丈夫、大丈夫だから!!


 

 気持ちを落ち着かせて、辺りを見渡す。

「あ……、ここ。前に来た商店街……」

ふと、後ろを振り返ると、柵はなくなっている。

「えっ?」

立ち上がって、宿のあった場所を見ると、大きな駐車場に変わっていた。この前は、後ろを振り返らなかったので、わからなかったのだ。


「……もしかして、ここが、栄町商店街の駐車場?」


 ぐるっと周りを見渡す。以前見た交差点のところまで走る。商店街の入口の一番上に、「栄町商店街」と書いてあった。

「ここだ……」

ここのことだったのか。すると、駐車場というのは、あそこのことか?

 駐車場まで戻って、「1」と書いてあるスペースを見つけた。

「ここって……」

あの通路のあった場所だ。

「ここと繋がってるってこと?」

でも、ここは夢の中だ。ここに連れてくるにはどうすればいいんだろう……。



 考えていると、耳元で、

「キャーー!!」

という大きな悲鳴がして、目が覚めた。


 南が血まみれでパニック状態に陥っていた。瑠奈は南を抱きしめる。強く。強く。

「大丈夫。これは夢の続きだよ、南。すぐ消えるから」

「あう……あ……あ……」

言葉も出ずに、泣く南をしっかりと抱きしめ、背中をさする。やがて、血は嘘のようにスッと消えた。


 ドンドンドンドンドン!!

「瑠奈?! どうしたの?! 何かあったの??」

母親が部屋の外から心配して呼ぶ。

「なんでもないー!! 南が寝ぼけて叫んだだけー! 大丈夫ー!!」

部屋の中からそう答えた。


 血の気のひいた南のところへ行って、もう一度、彼女をぎゅっと抱きしめる。

「あたし……殺されたよ?」

まだ南は震えている。

「大丈夫だよ。南は生きてる。ちゃんと。」

「……腕切り落とされたよ?……足も。……片っぽのとこで多分ショック死したっぽいけど……」

思い出したように、ガタガタと震える。ギュッと自分の肩を抱きしめて。

「そんなことが……」

ガタガタと震えが止まらない南を、瑠奈はぎゅうっと抱きしめた。

「大丈夫。生きてるよ、南。南は死んだりしてないから。あれは悪い夢だから」



 南は、震えて泣きながらも、

「それで、教えてもらえたの?」

紗絵羅のことを考えていた。

「うん。『栄町商店街の駐車場の1番のところに連れ出して、薬を飲ませろ』、って、この薬を……」

「『栄町商店街』……もしかして、あそこかな?」

南は自分のスマホの地図アプリで、その商店街を探した。

「あ、やっぱりそうだ! ばあちゃんちのすぐ傍にある商店街だよ」

「実際にあるの?!」

「それが、そこのことなのかどうかは、行ってみないとわかんないけど……」


 南はまだ苦しそうだった。「殺される」ということの恐ろしさを実感したのだ。当たり前だろう。自分なんか殺される前に切りつけられて気絶しただけで、もっともっとパニックを起こしたんだ。自分は、どうやって殺されたかまでは知らない。南は強い。瑠奈はそう思った。


 それでも、今日一日、南を休ませることにした。気分が悪くなったらしいから、南の家まで車で送ってやって欲しいと母親に頼み、南を送って行った。

 一旦家に帰った瑠奈は、学校に行くといって家を出て、自転車ですぐ南の家に行った。学校には、風邪で休むと電話を入れておいた。


 南の両親が早くに仕事に出ることを知っていた。瑠奈は、南を一人にしておくことができなかった。



「大丈夫?」

「うん。もう、何ともない」

そんな訳はない。瑠奈だって、まだ顔を切られた恐怖と痛みを少なからず覚えている。平気なはずはない。

「ごめん、確認なんだけど、その栄町の駐車場にあいつを連れてきて、薬を飲ませろ、って言われたのね?」

南が言う。

「うん……」

「まずは、実在するのかどうか見に行こうよ」

「えっ? 体はもう大丈夫なの? 今日は休んでた方が……」

「……眠りに落ちるのが怖いの。それなら動いてた方がマシ」

「……そっか」


 瑠奈と南は自転車で、南の祖母の家の近くだという商店街に向かう。

 信号の向こうに、「栄町商店街」と書いたアーケードが現れた。


「ここだ……」

「ここ?」

「うん。このアーケードの入口、確認した」

「行こう!」

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