第29話 呼び出す

「あ、ここ」

「携帯ショップ?」

「夢の中で、ここから南に電話したんだよね」

「やっぱり、ここは、あの夢と繋がってるってことか」

「このお店も、向こうのお店も全部覚えてる」

「あ……。駐車場?」

南が自転車を押して走る。

「ここなの?」

「うん。そこで間違いなさそう」


 南がそこに入ろうとするところを、慌てて瑠奈が止めた。

「そこに、あの宿があったみたいなんだ」

「わっ!」

反射的に南が、そこを避けた。

「この駐車場の1番のところに、あいつを呼び出して、この薬を飲ませろと。」

瑠奈は、南に薬のケースを見せた。

「でも、どうやって呼び出せばいいのかわかんないよね……」

瑠奈がそう言ってうつむく。


おどす……ってのはどう?」

「脅す? どうやって?」

南はスマホを操作すると、瑠奈に差し出した。


『部屋で勉強してたのね……。で、喉が乾いたからさ、台所に水を飲みに降りたの』


「これって……」

「紗絵羅。喋ってんの、録音しといた」


『……あの人……お母さんは、いつも通りゲームしてて……、あれ? たあちゃんは? って思って、ふとベランダを見たら、窓が開いてて、たあちゃん、あの人が片付け忘れた台の上に乗って、下見てて……』

 ︙

『怒って、立ち上がったら、あの人、あたしの頬を思いっきり叩いてさ。ふらついてるところを、突き落としたの』


「全部録音してたんだ?」

「うん。紗絵羅は止めたけど、これ持って警察に行こうって思ってた」

「そっか……」

「これ使って、呼び出せないかな?」

「来るかな?」

「来るのは来ると思うよ」

「そこから脅したまま、その薬を飲ませないといけないのが難しそう……」


「これ、一体、なんの薬なんだろ?飲んだらどうなるんだろうね……」

瑠奈が不安そうに言う。

「でも、それを飲ませるだけで連れていけるって、あの男は言ったんだよね?」

「うん」


「やるしか……ないね」

「そうだね」



 一緒にテスト勉強をするからと、瑠奈は親に電話して、南の部屋で、二人で計画を立てた。

 その日は南の家に泊まることにした。南が一人で眠るのが怖いと言ったからだった。瑠奈は南と一緒に寝た。手を紐で結ぶのはやめた。もう、南にあんな夢を見させるわけにはいかないと、瑠奈が強く思ったからだ。

 南は安心したように、やっと眠った。



 翌日の夕方。瑠奈と南は、紗絵羅の母親、かおるを呼び出すことに成功した。健も一緒に乗っていたが、大事なお話があるから、待っててね、と南が少し離れた駄菓子屋に連れて行っていた。


「ちょっと、何なの、その録音?」

「紗絵羅が話してくれたんだよ、ホントのこと」

指定した通り、栄町商店街駐車場の1番の枠に、車を停めさせてある。瑠奈は、助手席に乗り込んで、交換条件を出した。

「こ、こんなことして、あんたたち、どうなるかわかってるんでしょうね?!」

「おばさんこそ、こんなことして、どうなるかわかってんの?」

「くっ……。その薬を飲めばいいの? 毒じゃないわよね? 私のこと殺そうとしてないわよね?!」

「殺人犯になるつもりはないよ」

「……いいわ。飲むわよ! その代わり、私の目の前で、その録音を消して!!」

薫は、薬を飲んだ。それを確認して、瑠奈は、彼女に見せながら、その録音を削除した。

 この音源は、南からのコピーで、南のスマホには、まだ音源が残されていた。そんな簡単なことも考えつかないほど、彼女は焦っていた。


 ほんの1分ほどで、薫は眠り始めた。


 瑠奈は少しの間、観察していた。そのうち、

「フフフ、アハハ、ウフフ……」

笑い始める。

 瑠奈は気味が悪くなって外へ出た。



「ママ、ちょっと用事ができたみたい。瑠奈ちゃんと、南ちゃんと一緒に帰ろっか」

そう言って、健を家に送り届けた。

「あの、母親はどうしたの?」

「よくわからないんですけど、たまたま街中で会って、たあちゃんを送ってほしいと頼まれました」

「そう。しょうがないなあ……」

父親はため息をつく。

「ごめんね。迷惑かけたね。ありがとう。さ、健、おねえちゃんたちにお礼言いなさい」

「るなちゃん、みなみちゃん、ありがとう。おかしもありがとう。ばいばい」

「バイバイ」


 何も知らない健の言葉に、瑠奈と南の心は少し痛んだ。

 けれど、薫が、健のことも、育児放棄に近いことをしていたのは事実だ。そして紗絵羅に対する仕打ち。絶対に許せない。そう思い直した。



「南はこっちに残って。あたし一人で行くから」

瑠奈は、キッパリと言った。

「ごめん。役に立てなくて」

南が申し訳無さそうに言う。

「何言ってんの。南が一緒に行ってくれたからできたことだよ?」

「……そか」

「本当に連れていけんのかどうか、まだわかんないけど、行ってみる。」

「わかった。明日の朝、どうなったか教えて」

「うん」


「瑠奈……殺されちゃイヤだからね?」

泣きそうな顔で瑠奈を見る南を、ギュッと抱きしめながら、

「絶対に無事に帰ってくるから。待ってて」

瑠奈は、南に、そう誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る