第26話 あいつだ

 紗絵羅が検査と診察を終えて、出てきた。

 

 酷いことになっている。全身包帯だらけ、ギプスもめている。顔には大きなガーゼがテープで止められていた。

 ただ、意識ははっきりとしていて、頭の方は問題ないと医師に言われたそうだ。父親もホッとした顔をしていた。


「パパ、ここ、完全看護だから、帰っていいよ。お母さんも」

と、紗絵羅が言う。

「たあちゃん、ごめんね、痛かったね。引っ張ってごめんね」

健は、紗絵羅の横に行って、布団の端を少し引っ張る。

「さえらちゃん、ごめんね。ぼく、もうしないから」

「うんうん。約束だよ」


 そして、家族は帰って行った。


 瑠奈と南は、廊下の隅で、見つからないように、彼らが帰るのを待っていた。

 家族がいなくなったのを見届けて、病室に入る。紗絵羅は驚いて、二人を見た。


「それで?」

南が切り出す。

「それで? ……とは?」

紗絵羅がこたえる。

「真相は?」

南がそう言うと、

「パパに聞いたでしょ? たあちゃんが落ちそうになったから、引っ張ったら、その反動で落ちたんだってば」

紗絵羅が少し視線を外すように言ったのを、南も瑠奈も見逃さなかった。

「嘘でしょ。中に引っ張り込めたんでしょ? 紗絵羅も一緒に中に入ったんだよね?」

今度は瑠奈が問い詰める。怪我人にこんなに強く聞いてはダメなのではないかと思いながら。でも、嘘なら、真相を知りたい。


 こらえきれなくなったのか、紗絵羅がポロポロと涙をこぼす。

「誰にも言わないから。大丈夫だから」

瑠奈が紗絵羅の髪を撫でた。紗絵羅は、ワッと泣き出した。

「そっか。辛かったね。無理に聞こうとしてごめん」

瑠奈は紗絵羅にティッシュを渡す。


 涙を拭いながら、彼の女は少しずつ話し始めた。

「部屋で勉強してたのね……。で、喉が乾いたからさ、台所に水を飲みに降りたの。……あの人……お母さんは、いつも通りゲームしてて……、あれ?たあちゃんは?って思って、ふとベランダを見たら、窓が開いてて、たあちゃん、あの人が片付け忘れた台の上に乗って、下見てて……」

「片付け忘れた台?」

「そう。いつも、その台の上に洗濯かごを置いて、洗濯物を干すの」

「小さい子がいるのに、そんな台置いてたらダメじゃん!!」

「今までは、鍵かけてたから、大丈夫だったんだよね。でも、たまたま開いてたの。お母さんがやってるのを見て、たあちゃんが覚えて、自分で開けたのかもしれないけど」

「それで、たあちゃんがバランスを崩して落ちそうになったの?」

「そう。……それで、びっくりして、走って、たあちゃんの腕を引っ張って、力いっぱい引っ張って、引っ張り上げたの。もう、たあちゃん号泣しててさ」

「ほら、やっぱり、落ちてないじゃん」

「……」

「何があったの?」

「たあちゃんの泣き声で、やっとあの人が走ってきて、『何なの? あんたが落とそうとしたの?』って、『ちがうよ! ちゃんと見てなよ! たあちゃん、今、落ちるとこだったんだよ?!』って、あたしも怒るじゃん?」

「当たり前だよ!!」

「怒って、立ち上がったら、あの人、あたしの頬を思いっきり叩いてさ。ふらついてるところを、突き落としたの。」

「!!」

もう、声も出ないくらいのショックだ。

「殺人未遂じゃん」

南がぼそっと言った。

「犯罪者じゃん、あいつ」

瑠奈も耐えられなくて言葉にする。


 事故ではなかったのだ。


 いや、たあちゃんの件については事故に違いない。保護者の監督不行き届きにしても。けれど、紗絵羅の件については、事故ではない。事件だ。

 瑠奈と南は悔しさを抱えながら、それでも、誰にも言わないと、紗絵羅と約束をしたのだった。



「あいつだよ、瑠奈」

「あいつだね」

「警察に突き出せないなら、捨てにいくしかないよね」

南は何かを一生懸命に考えている。

「どうやって?」

二人の声が重なった。


 夢の中に連れて行かないといけないのだ。南の時は、紐で繋がれてたから連れて行けたけれど、薫はそうはいかないだろう。

「んー」

困ってしまった。


 ふと、南が言う。

「あのじいちゃんに聞いてみる?」

「え?」

「また、二人で、あの場所に行こう」

「待って、南は危ないよ。あたしの夢の中で、あんたに何かあったらどうすんの?」

「そん時は、そん時だよ。泊まる用意して、瑠奈んち行くわ。じゃあ、後でね」

南は走って行ってしまった。


「ホントに方法があるかどうかもわかんないんだよ? もう! 南は〜!」

そう言いながらも、老人が何かしら方法を教えてくれることを、瑠奈は祈った。

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