第25話 事故

「ねえ、紗絵羅の家、遊びに行っていい?」

南が尋ねる。

「え?」

紗絵羅と同時に瑠奈まで驚いた。

がどんな人だか見たくなった」

南が言う。

「南、なんか変なこと考えてない?」

瑠奈が言うと、

「いやいやいや、無理無理無理、うち汚いし」

慌てて紗絵羅が断った。

「どんな人が見るだけだから。何も言わないし、何もしないからさあ」

南は頑張る。

「……あたしの部屋に……来るだけでもいい?」

「大丈夫? あとで何か言われない?」

瑠奈は、ちょっと心配になった。

「いいのいいの。それはいつものことだから」

紗絵羅は笑ってみせた。


 三人は、まず夕飯の買い出しから始める。

「皆で作る?」

と、南。

「作れるみたいに言うな」

とツッコむ瑠奈に、紗絵羅は大笑いだ。

「うちの台所、なんも片付いてないし、他人に触られたくないと思うんだよね、お母さんが」

「そっか。じゃ、何か買っていこう」

「『お母さん』とたあちゃんの分もな」

イライラしながら南が言う。

「それがいいね。よく気付いた、南!」

瑠奈は、南の背中をポンポンと軽く叩いた。

「よし、出陣!」



「ただいま」

紗絵羅がそう言って家に入るが、何の返事もない。

「いないんじゃないの?」

南が小声で瑠奈に囁く。

 リビングとダイニングの間を通って、階段の方に行く。紗絵羅の部屋は二階だ。

 と、リビングで、女が一人、だらしなくソファに座って、一生懸命ゲームをしていた。『お母さん』のかおるだ。

「こんにちは、おじゃましま~す」

「おじゃましま〜す」

瑠奈と南がニッコリと笑って通り過ぎようとすると、驚いたように、薫は紗絵羅を呼んだ。

「どういうつもり?」

瑠奈たちに背中を向け、小声で話す。

「私の勉強が遅れてるから、ノート見せながら教えてくれるって」

紗絵羅は、もっともらしい理由を作る。

「あ、これ、二人から。お母さんとたあちゃんに、って」

そう言って、レジ袋を差し出した。

「ファストフードでごめんね。それと、私の部屋しか使わないから、何のお構いもしてくれなくていいから」

「あ、そう」


「まあまあ、ありがとうね、気を遣ってもらっちゃって。おばさん、最近調子悪くて、家の中汚くて恥ずかしいわあ」

クルッと瑠奈たちの方を振り返ると、別人がいた。

「勉強教えにきてくれたんですってね。ありがとうね。何のお構いもできないけど、ゆっくりしていってね」

「いえいえ、突然押しかけちゃってすみません。どうぞお構いなく」

南が大人的に返した。



部屋に入るなり、瑠奈が言う。

「誰が紗絵羅に勉強教えるって?」

紗絵羅が南と顔を見合わせた。3人とも大笑いだ。

「どんなに出席日数が少なくたって、紗絵羅さんは、うちらよりずっと上ですよ、お母様」

「やめてやめて、うちらの『馬鹿』は国家機密だから」

瑠奈と南は、バンバンお互いの背中を叩いて笑った。


「それよりさ、ねえねえ、見た?」

と、南。

「なになに?」

「あの人、イケメンキャラとお話してた。二次元のイケメンな」

「えー、何それ?」

「何人かの中からさ、推しのイケメン選んでさ、散々褒めちぎられてキュンキュンしたりするゲーム」

「あー。ツンデレ系とかもいるやつね」

「そーそーそー」

瑠奈と南は二人で盛り上がっている。

「あたしも、何のゲームしてたのか、初めて知ったわ。二人が来たから、慌てて、そっち隠すの忘れたんだろうね〜」

紗絵羅も大笑いだ。

「今頃、凄い慌ててるかも」

あはははは。

「ホストとか好きなのかもよ?」

「うっわあ。おばさんにありがち」

「あれ、ぜったいハマるタイプじゃない?」

南は何か考えているようだった。瑠奈にはそれが何となくわかったが、気付かなかったことにした。



 「それ」が起きたのは、瑠奈たちが紗絵羅の家を訪れた翌日の夕方だった。


 紗絵羅がベランダから落ちたと聞いて、瑠奈と南は、病院へ走った。

 3階からの転落だったが、幸い、下に植込みがあったので、右腕と右足の骨折や、全身の軽い打撲で済んだ。少し頭も打ったようだから、今、検査を受けている。ただ、紗絵羅の綺麗な顔には、絶対に消えそうにない大きな傷ができているのだと、父親が嘆いていた。

「ごめんなさい……」

父親の上着の裾を、たけるが引っ張っていた。

「ぼくがわるいの。パパ、さえらちゃん、だいじょうぶ? なおる?」

父親の話では、ベランダから落ちそうになっていた、健を助けようとして、手を引っ張った拍子に、自分が落ちてしまったのだという。

 健は、右手に包帯をして三角巾で吊っていた。

「たあちゃん、肩と腕が抜けちゃって……。可哀想に」

『お母さん』が、椅子に座ったまま言った。


「おじさんが家にいた時間だったんですか?」

南が聞く。

「いや、母親しかいない時間でね。うっかりベランダの戸の鍵をかけるのを忘れてしまったらしい。これくらいの子供は、気が付かない間にいろんなことを覚えるからね……」

父親はため息をつきながら、息子の頭を撫でた。

「紗絵羅が怪我だけで済んだだけでもよかったよ」


 その瞬間、父親の背中を、母親が睨んだのを、瑠奈は見逃さなかった。

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