第24話 紗絵羅

「捨てる場所?」

南は驚いて言った。

「え? え? 瑠奈、あたしのこと捨てるつもりだったの?!」

南の声が大きくなる。

「そんなわけないでしょ。ホントに知らなかったの! 信じて!」

「う〜ん。まあ、そうだよね。瑠奈があたしのこと捨てるわけないわな」

「当たり前じゃん」


 朝、瑠奈は南と一緒に登校した。昨日の夢の中で老人に言われたことを、南に話して聞かせたのだった。

「えー、マジヤバかったんじゃん。うちらどっちかが殺されてたかもしれなかったんじゃん?」

南が言う。

「怖っ。ヤバっ」

南は自分の両腕をさする。

「ごめん。ほんっとにごめん。連れていけるなんて知らなくて……」

瑠奈が泣きそうな声で言うと、

「大丈夫だって。瑠奈のことは責めてないって」


「でもさ、うちらの周りに、そんな『捨てたい』ほどのヤツ、いる?」

「そうなんだよねぇ。そこさ」

瑠奈も困ったように言う。ああは言ったものの……。


「あっ! 紗絵羅さえらじゃん、あれ!」

南が少し前を歩く女の子を指さした。

「紗絵羅〜! お〜い!」

二人して彼女に駆け寄った。

「紗絵羅、体調、もういいの?」

南が尋ねる。


 紗絵羅は肌が透き通るように白い。時々、顔色が悪いのに気付いてあげられないときもある。細くて儚げな子だ。

 瑠奈と南と紗絵羅は幼馴染みで、いつも一緒にいる仲間だ。だが、紗絵羅は体が弱く、しょっちゅう学校を休んでいた。


「まだちょ〜っとフラフラするんだけどね〜」

紗絵羅は笑って言う。

「大丈夫なの? そんなんで出てきて〜?」

瑠奈が心配そうに言う。

「だって、あたし、出席日数ヤバイじゃん。みんなと一緒に卒業したいもん」

「そっか。そうだよね〜」

南も笑った。



 久しぶりに3人でお弁当を食べた。

「あれ? 紗絵羅、パンだけ?」

「あたしのおにぎり1個あげようか?」

二人は心配するが、

「ううん。まだ調子が戻りきってないから、あんまり食欲なくてさ」

だいじょぶだよ〜、と紗絵羅は笑った。


「そういやさ、紗絵羅、最近、『お母さん』と、上手くいってんの?」

南が言う。

「……うん。なんとか」

紗絵羅が答えるが、その言葉に影があるのを、二人が見落とす訳がない。

「なんかされてるんじゃないよね?」

「……なんかって?」

「だって、調子が悪い子にパン1個だけ持たせるとかさあ!」

「違うよ……これはさ、あたしが食べたかったから」

「……」


 瑠奈と南は顔を見合わせた。そう言えば、紗絵羅は、また痩せた。病気のせいだと彼女は笑うが、本当なんだろうか……。


「ねえ、紗絵羅、あたしたちに隠してることない?」

「ないよお。二人には何でも話してきたじゃん」

「『お母さん』と上手くいってないんじゃない?」

「……」

「ほらあ」


 紗絵羅の目から、一粒、涙がこぼれる。

「あたしね、要らない子なの」

瑠奈と南は驚いて顔を見合わせる。

「何? え? どういうこと、それ?」

「病院に何度も行くでしょ? その度に、パパは、あたしにつきっきりになる。着替えとかもパパが持ってきてくれるし、勉強で遅れてるところも教えてくれたりするんだよね。それが、『お母さん』には気に入らないみたい」

は、お見舞いには来ないの?」

「たまに来る。来たら、誰にも聞こえないような声で、『早く死んじまえ』って……」

「え? え? なにそれ?!」

「どういうこと? なんで? なんで?」

「たあちゃんがいるじゃない? たあちゃんは、まだパパとママを独り占めしたい年頃なんだよ。なのに、パパは、あたしの所に来ちゃうから……」


 たあちゃんというのは、紗絵羅の弟、たけるのことだ。異母姉弟になるのだけれど。まだ4歳。紗絵羅とは、とても仲が良いのだが、継母おかあさんは、紗絵羅のことを邪魔者扱いするのだという。勿論、父親の見ていない所で、だ。

「『ママ』って呼ばないのも気に入らないらしい」

「なんで?! だって、紗絵羅のママは、亡くなったママだけじゃん!」

「そうだよ! そんなに簡単にママは変えられるわけないじゃん!!」

「『お母さん』のどこが気に入らないのよ?」

「ムカつくわあ。何それ」

南が心底腹立たしげに言った。



「ご飯はさあ、元々あんまり作りたくない人みたい。最近、もうホントに酷くなっちゃった」

「作らないの?」

「そうだねえ。あたしが、調子良い時は作ってる」

「あの人は?」

「あたしが作れなくて、お母さんが作ってない日は、パパが帰ってきたら、なんだかんだ理由つけて、自分も作れなかったことにしてる」

「え? なかったら困るじゃん」

「パパがお弁当買ってきたり、店屋物取ったりだよ」

「え〜、他の家事は?」

「洗濯はやってるかなあ。掃除はしないね。ゴミ出しとかも、あたしが仕分けして、パパがゴミ捨て場まで持ってってる」

「え? え? じゃあ、『お母さん』、何してるの?」

「3月までは、たあちゃんと遊んであげてたんだけどさあ、4月にたあちゃんが幼稚園に入ったでしょ? まあ、お昼すぎにはお迎えなんだけど、それまで、家でテレビ観たり、ゲームしたり、誰かと電話したり……」

「マジか。たあちゃん、お弁当は?」

「……冷食ばっかだね。たまに前の日のコンビニ弁当の残り詰めてたりするよ」

「何それ?!」

「ねえ、それ酷すぎない?」


「それでも、まだ、たあちゃんは、お弁当あるんだね……」

ボソッと南が呟く。

紗絵羅の目から、またポロポロと涙がこぼれた。


 瑠奈と南は、泣いている紗絵羅を他のクラスメイトから隠すように移動した。そして、紗絵羅の背中を撫で続けた。

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