第22話 外から?

 瑠奈は、裏口から、そうっと中に入る。


 入ってから気が付いた。

「やっば。表玄関、どこなのか聞くの忘れてんじゃん」


 入って右側に、細い廊下に沿って絨毯が敷いてあった。

「こっちか?」

人には会わない。全然会わない。

「なんだこりゃ。人がいないなら見つかるわけないじゃん。楽勝だな」

勿論、独り言は声には出さない。



 と、ワイワイと声のする部屋があることに気付く。なんだ? 瑠奈は、声のする方へと進んだ。

「ワーッ」

という歓声。笑い声。パチパチパチという拍手。


 中で何をしているんだろう。


 そうっと、そうっと、ふすまを少しだけ開けて、中を覗く。醜い体の半裸の男たち、テレビの時代劇で見たような賭博場とばくじょう。向こうでは違う形の賭け事をしているようだ。

 芸者と遊びに興じている男を見ながら、大笑いして酒を飲んでいる男。それにしなだれかかる、襟の抜けた着物を着る女。男に酌をして回るホステスのような女。

 衝立ついたての向こうからは、女が喘ぐような声がしていた。


「げ……」


 いきなり変な世界を見てしまい、瑠奈は引き気味に、そうっと襖を閉めた。人の本能的な欲求の極地。そんな感じだ。気持ちの悪いものを見てしまったと思った。


 廊下の先は行き止まりになっている。「かわや」 と書いた木の札が、扉に打ち付けてあった。

「トイレか」

来た道を戻る。ここで誰かに会ったら、隠れるところもないから、見つかって捕まるしかないな。冷静にそう思って、通路を足早に抜けて、裏口にある下駄箱の陰に隠れた。そうっと隠れながら、真ん中の廊下が見えるところまで移動する。


「表玄関は、あっちか」

裏玄関から入って、左側だ。

 真ん中の廊下は広い。多分、この先に表玄関があるのだろうが、人通りが多い。

「そうか。ここは、旅館か」

仲居とおぼしき人たちが、早足であちらこちらの部屋に入っていく。客が何組か歩いているのも見える。


 各部屋の入口部分だけが凹んでいる形で、部屋はずっと横並び。今のホテルのようだ。もっともっと高級で、一部屋一部屋が大きいようだが。時々、何部屋かごとに、間に通路があるらしかった。瑠奈が今居るのは、表玄関から一番離れた端の通路。こっちの方の部屋は泊まっている人がいないようだ。皆、ここには余り用がないと見えて、仲居も通らない。

 部屋の入口に隠れながら進むか。瑠奈は最初そう思ったが、いや、部屋に直接仲居が来たら、鉢合わせるだろう。客に見つかるかもしれない。……客に見つかるのもアウトなんだろうか?


 いろいろ考えながら、通路の置物の後ろに隠れていると、仲居が二人して向かって左側の通路から出てくるのが見えた。

「こっちは何だろう?」

部屋の裏側になる通路を覗く。中央の廊下と比べてやや暗い。タオルなどを運んでいる者、おそらくシーツ交換をしてきたのであろう籠を持っている者、浴衣の換えを持って行っている者……。なるほど、こっちは従業員通路みたいなもんか。そして、この所々開いている部屋は、備品や道具なんかが置かれてるんだな。


 右側にも通路があるようだった。料理人らしき男が、一段降りて外側にある、おそらくトイレに走って入って行った。

「こっちは調理場か」

通路を覗き込む。調理場に続く通路の外には、中庭があり、すりガラスの窓が所々開いているのが見える。そうっと覗いてみる。所々隠れられそうな所はある。だが、如何せん、こちらは明るい。何かが動く気配があれば、すぐに気付かれてしまうかもしれない。

「どうしよう……」

意外と難しかったことに、今更、瑠奈は気付く。


 ふと見ると、中庭側の通路に、外に出るドアを見つけた。

「外から周るってあり?」

外からならば、中の人間には見られない。木の陰なんかに隠れながら移動すれば、人がいたとしても大丈夫だろう……。

「よし」

瑠奈は、そこから庭に出ると、そうっと表玄関の方に向かって歩き出した。


「客は歩いていないのか、この庭」

人気ひとけのなさに、逆にビクビクしながら進む。開いている窓から見えないように、壁伝いだ。


と、突然、

「ゔっ……ゔゔゔゔ……」

誰かの首を絞めているような声がした。ギョッとして、慌てて木の陰に隠れる。

 そうっと顔を上げて見てみると、太った、醜い体をした男が、裸で逆さまに吊られている。

「!!」

瑠奈は、声を出しかけて、両手で口を押さえ、こらえた。


「あーあ、太ったおっさんばっかりだなあ、最近」

「若い女がいいよなあ」

「客も喜ぶしな」

「女の泣いて苦しむ顔が見てえよなあ」

「さ。言ってても仕方ない。やるぞ」


男たちは、大きな庖丁のような物を手に取ると、

「お前が首な」

そう言って、体の二箇所を同時に切った。

「ぶしゅっ」という音がして、血が吹き出す。ゔーゔー唸ってもがいていた男の体が、やがて全く動かなくなった。


「さて、血が抜けるまで、俺たちは一休みっと」

「調理場からなんか貰ってくる」

「ちゃんと外で、血、洗い落としてからいけよ」

「わかってるって」


 見つかったら殺されるって……。声を出すなと言われていたが、意識しなくても、もう声も出ない。逃げたい。早くこの場から逃げたい。この旅館の外へ……。

 そう思って、振り返ろうとした瞬間だった。後ろから、口の中に何かを押し込まれた。

「ゔっ!!」

振り返ると、さっき厠へと急いでいた男がいた。ずっと後をつけられていたのだ。瑠奈は、とっくに見つかっていたのだった。

「おう、ここに一匹、いいのがいたぞ」

「お? 本当か?」

さっきの庖丁をもっていた男がやって来る。

「へえ。若いなあ。若鶏みたいだな。どれ、柔らかそうだ」

体のあちこちを触られる。瑠奈は力いっぱい抵抗するが、男に押さえられていて、身動きが取れない。

「ゔゔゔ……」

泣きながら、力一杯抵抗していた時だった。


「おや、迷子かい?」

留奈の母親くらいの歳だと思われる、着物を着た女が、目の前に現れる。

「あらあら、可哀想に。こんなに可愛い娘じゃないかい」

「助かった!!」

瑠奈がそう思った、次の瞬間、

「あたしは若くて綺麗な子が嫌いでね」

そう言うと、そこにあった小刀で、瑠奈の顔を額から顎にかけて斜めにザックリと切りつけた。

 

 瑠奈は、ショックで気を失った。

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