瑠奈の場合

第20話 瑠奈の場合

「う〜ん」

大きな伸びをして、瑠奈るなは起き上がった。

「また曲がり角だったな〜。変な夢」


 パジャマのまま台所に行くと、冷蔵庫からトマトジュースを取り出して飲んだ。

「ぷはぁ。朝イチのトマトジュース、たまらんねぇ」

そこへ母親の佳代子かよこがやってくる。

「ちょっと〜、またぁ? パジャマくらい着替えてからにしなさいって、もう」

「はいはい、はぁい」

ゴクゴクとあと二口ほど飲んで、

「やっぱ、朝はトマトジュースだねぇ」

と言いながら、着替えに行った。



「また見たわ、曲がり角」

「曲がり角?」

「前にゆったやつ」

「あ〜、夢ね」

「そそ」

昼休み、教室で、みなみと弁当を食べながら、昨日見た夢の話をする。

「なんかさー、両側コンクリートの壁で、左っかわだけ家っていうか門があんの。誰かの家なんだろうね。そこから右に曲がる道が続いてるんだけど、そこ抜けると、だだっ広いとこに出てさ、右側に焼き鳥屋みたいな屋台あったわ」

「なにそれ? 変なの」

「そっからさ、てくてく歩いて川とか森みたいなとこ行くんだけどさ、ふと気がついたら、またその曲がり角にいるのさ。ヤバくない?」

「ヤバっ。こわっ」

「あははは。まあ夢だからさ、何でもアリなのかもよ?」

「あはは。かもね」

そう言って二人は笑った。



「あんな小娘まで狙わんでも……」

「勝手に迷い込んできただけだ」

「元の世界に戻せんのか?」

「俺は知らん。客が柔らかくて旨い肉を求めて来るから、それに応じているだけだ」



 何回も同じ夢を見ていると、瑠奈は、ここの門がどこに繋がっているのか、気になり始めた。


 トントントン


 門を叩いてみるが、何の反応もない。


 門をそうっと押してみた。キィーッと小さく音がして、門が開く。

「おじゃましま~す」

小声で呟くと、綺麗に敷かれた玉砂利たまじゃりと飛び石の道をゆっくり進んだ。


 ジャッ


 ゆっくり音を立てずに飛び石の上を歩こうとして、うっかり砂利を踏んで、音を出してしまった。


「どこへ行くおつもりで?」


 背後から声がして、心臓が止まるかと思った。振り向くと、老人が立っていた。


「誰?」

「それは、わしが聞きたいのだが?」

「夢の中でしょ?」

「わしは、ここの番をしている者だ。お前さん、迷子か? ほら、出ろ」

「迷子? あたしが?」

瑠奈は、老人について門の外に出た。



「この夢を見るのは何回目だ?」

「ええと……5回目くらいかな。何? 何か意味あるの? ここ」

「どうやら、お前さんは、ここから逃げられなくなってしまったようだな」

「へっ? なにそれ?」

「お前さんが本気で逃げたいと思わない限り、この夢をずっと見続けることになるだろう」

「ふ〜ん。そんなことあるんだ」


「怖くはないのか?」

「おんなじ夢を見ることが? なんで?」

「ふむ。まだ、5回くらいではわからんか……」

老人は独り言のように言った。


「ここから逃げたくなったら、この門を4回叩くといい」

「了解。って、了解だけどさ、これって夢でしょ?」

「お前さんにとってはそうだろうな」

「あたし、起きるまで何してればいい?」

「さあ……。行きたければ好きなところに行けばいい。どの道、ここに戻されるがな」

「ふーん。確かにそうみたいだね」

「この門の中には入るな。それから、外の屋台には関わるな。いいな」

「りょーかい」


 瑠奈は、まだ行ってない方へも行ってみようと、反対側へと進んだ。白い低い柵があって、それを開くと、何故か商店街に繋がっていた。

「ふうん。商店街の中にあるんだね、ここ」

そう言って、商店街を歩く。

 結構昔からあるような店も元気に商売をしている。携帯ショップや百均、小さな月極駐車場になってるところも時々あるけど。

 あ、そうだ、ここから南に電話してみるとか? 繋がったら凄いじゃん?

「あれ? 圏外だ」

まあ、夢の中だし。さすがに繋がるわけないよな、と瑠奈は笑う。

「圏外なのに、携帯ショップあるのウケる」

と、携帯ショップの前だけ、Wi-Fiのマークが出た。

「嘘。繫がってるってこと?」

瑠奈は、南に電話してみる。

「なに〜? ふぁ〜。瑠奈ぁ?」

「南、うそ、南?」

「ねてたわ。何? 夜中だよ〜?」

「あたし、夢ん中。例の曲がり角の近くにいるの。今、携帯ショップの前で、たまたまWi-Fi繋がってさぁ。だから……」

「なんだよ〜。明日聞くよ〜。おやすみ」

そう言って、南との電話は切れた。

「そっか。今、夢の中だもんな。真夜中だわ、そりゃ。……っていうか、南のセリフとか、あたしが勝手に作ってるだけだわな」

笑うと、スマホをポケットにしまい、また商店街を歩いた。


 商店街を抜けたところに、交差点がある。そこを渡ろうとして、ハッとした。

 

 角に、あの屋台があったのだ。


 結局、瑠奈は、もとの曲がり角に戻された。

「もう! なんだよ!!」

腹が立つ。逃げようとしているわけではない。その辺に何があるのか見て歩いているだけなのに……。

「なんなんだよ、この曲がり角!」


 そう言った途端に目が覚めた。ちょっと気分が悪い。頭痛がする。

 のろのろとキッチンに行って、いつものようにトマトジュースを飲もうとコップに入れて、椅子に座ると、テーブルの上に突っ伏した。


「瑠奈? また、あんたは、パジャマのままで!! 着替えてきなさい」

母親に言われても、動く気になれなかった。


 疲れていた。凄く疲れていて、頭が痛かった。

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