第12話 捨てられるべき男

「横領?」

秀一郎が驚いて言う。

「そうみたい。完全に犯罪者だったんだね」

「盗撮の時点で完全に犯罪者さ。でも金もだったなんて……」

「どうなるのかな?」

「まあ、警察沙汰にはなるだろうな。罪に対しては罰を与えられるべきだし」 

「女子社員の写真のことも言わされるよね?」

「そうだなあ……。でも、そこは別の問題になるんだろうな。俺も詳しいことはわからないけど」

「どっちにしても『犯罪者』には変わりないってことだね」



 追われる身になった支店長は、今、どこにいるんだろうな。預貯金口座も、カードも止められ、スマホは奥さんが警察に提出したし、私達もPCを提出した。写真のことは、ちゃんと伝えた。


 もう、彼には何も残っていないはずだ。



 数日後、調剤薬局から頼まれて薬を届けた帰り、いつも通る建設現場の前に来たとき、現場がブルーシートで覆われ、歩道に黄色いテープが張られていた。

「何だろう?」


 店でよく顔を合わすお客さんで、この現場の人が、近くにいたので尋ねる。

「何があったんですか?」

すると、その人は、隣のビルの屋上を指さした。20階はあろうかという高いビル。

「あそこから飛んだみたいよ」

「え?」

「おっさん。多分、その制服きてたけど?」

「えっ……?」

店長? 店長なのか?


「落ちたところが悪すぎるわ」

「悪すぎる?」

「バラバラ。腕とか」

「え……」

「それで、おっさんまだ、足ひっかかって、二階の途中で逆さまに宙ぶらりん」

「う……」

吐き気がする。その死に方は……。


「死ぬのは勝手だけどさあ、うちは迷惑だっつーの。そのへんじゅう血まみれ。どうしてくれるのさ? 人死んだとこなんか住みたいと思う? 迷惑極まりないわ、なあ」

「そ、そうですね……」


 逃げるように店に帰った。


 私の顔色が悪かったので、里中さんが駆け寄る

「大丈夫?」

彼女の手を取り、奥へ入り、今聞いてきたことを言った。

「………」

彼女は手で口を覆う。悲鳴を上げないようにか……。


 やがて、店に、警察の人がやってきた。



「捨てたのは、私……なんだよね」

ポツリと言う私に、

「捨てられるべき男だったんじゃないかな」

そう応える秀一郎。

「葉月が囚えられていたのもさ、偶然じゃなかったのかもしれない」

「え?」

「あいつを引っ張り出すための手段だったのかも」

「そうなのかな」

「そういうことにしておかないか?」

「……わかった」



 あんなことがあって数ヶ月。


 あれだけ大きな騒ぎになった店長の事件も、こんなほんの少しの間に、どんどん風化していくのがわかる。所詮、人の噂なんてそんなもんなんだよな、と思ったりする。



 みんな日常に戻った。今日もまた忙しくなりそうだ。


「雨宮さん、これ、届けてもらってもいいかな?」

調剤薬局から秀一郎がくる。まだ誰にも言っていないが、2ヶ月後に結婚予定だ。

「わかりました」

自転車で外に出た。



 最近、ウイルス対応の規制がだいぶ緩くなり、交差点を渡る人の人数も、目に見えて多くなっている。


「最近さあ、変な夢見るんだよね〜」

「夢?」

「気がついたら、いっつも曲がり角の前なの」

「なんだそれ?」


 そんな声が聞こえて、声の主を探す。皆マスクをしているのでわからない。キョロキョロしているうちに信号が変わり、皆歩き出した。声の主はわからないまま消えた。



 今度は、誰が囚われているのだろう……



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