第11話 露呈

 その日の昼頃になって、店長は出社してきた。体調が悪いから休んでいると聞いていたので、もうなんともないのか、と驚く。そう言えば、「捨てられたやつ」が夢の中で殺されたあと、どうなるのか、聞いてくるのを忘れていた。


 バサバサバサッ!! ガラン!!


 後ろで派手に音がして、気付くと、店長が尻もちをついていた。

「大丈夫ですか?!」

丁度通りかかったバイトの男の子が支えて助けた。店長の顔色が真っ青だ。

「店長、体調が悪いんだったら、休んだ方がいいんじゃ……」

男の子が言う。

「うるさい! バイトの分際で偉そうに言うな! 俺は店長だぞ! クビにするぞ!」

言われた方は気分が悪いので、手を放した。


 ガラガラガラガシャン!!


 瓶が幾つか壊れた。流石に危ないので、さっきのバイト君を呼んで、奥の椅子まで支えて行って座らせた。

「今、お家に電話して、迎えに来ていただきますから」

店の受話器を取って、かけようとすると、それを取り上げ、壁にぶつけようとしてよろけて転んだ。

「だ、大丈夫ですか?」

売り場に出ていた店員も、お客さんも、何事かと奥を覗いている。

「お前の……お前のせいだからな……。訴えるからな、覚えてろよ」

私の顔を見て言う。


「雨宮さんが何かしたんですか?」

里中さんが立ちはだかる。

「こいつが俺に色仕掛して、ホテルに連れ込んだんだぞ。それで、俺のカミさんに嘘の告げ口しやがって」

「ホテルに連れ込まれたの?!」

里中さんが驚いて私の方を振り返る。

「あ、あの、今は仕事中ですし……お客様もいらっしゃいますから……」

困ったように私が言うと、里中さんが店長を睨む。

「どういうことですか?」

騒ぎを聞きつけて、調剤薬局部から秀一郎がやってくる。


「聞き捨てなりませんね。ちょっと本部に行きましょうか」

「お、お前には関係ないだろう」

店長がひるんだのがわかった。

「気分が悪い。もう帰るよ……」

そう言って、私服に着替えもせず、荷物も持たず、フラフラと店長は店を出ていってしまった。



 翌日から店長は、店に出てこなくなった。

 

 私は、いつもと変わらず、仕事をしていた。


「すみません、ちょっといいですか?」

女性の声がして、振り返る。

「あ、いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

「……夫を」

「……はい?」

見たことのある顔だけど……誰だったっけ?お客さんが多いので一人一人の顔ははっきり覚えていない。

「橋本の家内ですが」

「あっ、店長の……」

コソコソと周りをはばかるように、彼女は言った。

「夫が……家に帰ってきておりませんで……」

一瞬、疑われたのかと思った。

「うちじゃないですよ!!」

つい大きな声が出てしまった。


 里中さんが察して、私と彼女を奥へと促す。


「あなたのところじゃないのは、わかってるんです」

「どういうことですか? 何で……?」

「私が責めました」

「私とのことを、ですか?」

そのことなら誤解だと言おうとすると、向こうから謝られた。

「あなたにも……嫌な思いをさせたんでしょう、きっと」

そして、彼女は、持ってきたPCから写真を見せた。

「えっ?!」

「夫のPCです」


 女子社員、ほぼ全員分の盗撮画像が並んだPC画面。ページをると、泣きながらホテルで強制されたのだろう、目を背けたくなるような画像まで。

「……こんなに」

「これは、警察に届けた方がいいと思うんです」

「……」

「そして、夫を自首させます。私は夫とは離婚します」

「わ、私の一存では……何とお答えしていいのか……」


 里中さんが心配してやってくる。

 私は黙って、そのPC画面を見せた。

「ヒッ!!」

大きい声を出しそうになって、両手で自分の口を抑える。

「店長のPCの中にあったそうです」

「あの日の朝、夫を一方的に責め、スマホやPCにも何か隠してあるのではないかと、パスワードを無理矢理吐かせました。そしたら……」

里中さんも声が出ない。


「春香だけじゃなかったんだ……」

私は呟いて、奥さんにお願いした。

「店長のPCとスマホのデータを全部お渡し頂けないでしょうか?」



 素人判断だ。これは多分、警察の仕事なんだろう。だけど、警察に渡れば、私達の恥ずかしい画像や、おそらく録画した映像もあるだろう、それらを、今度は警察の人たちに晒さなければならないのだ。さすがに、これは酷すぎると顔を背けたくなるような証拠を、本人が望まない形で一気に全員分押収されるのは、精神的にキツすぎると思ったのだ。

 

 「夫のPCと、スマホの中のデータも全てお渡しいたします」

奥さんは、ノートPCと店長のスマホをテーブルの上に並べた。

「すみません。私にはどうしていいのかわかりません。そちらでなんとかして頂ければ……」

「わかりました。お預かりします」

里中さんが請け負った。



「女子社員の盗撮画像や映像をどうするかが問題ですね」

「そうね。一度、このデータにある女子社員一人一人と話をしてみる必要があるわね。」

里中さんと店舗の店長代理の女子社員、それから、調剤薬局部の主任の女子社員、と私、4人で話し合って決めた。


 このやり方は、警察のやり方としては間違っているのだろう。きっと証拠として全て提出するべきなのだろう。けれど、中には絶対に他の男の人に見られたくないような写真もある。私だったら絶対に嫌だ。それでは泣き寝入りになるとわかってはいても。だから、こういう犯罪が減らないのだとわかっていても。



 その日から、私達は手分けして、この写真や映像をどうしたいか、一人一人、その個人分だけ見せた。 

 中には、自分の恥ずかしい姿を、私達に見られたことさえ辛くて泣き出す子も何人かいた。

 それでも、数人は、許せないから訴えると言った。

 顔がわからない写真、映像は残し、自分だとわかっていて返してほしいと言われれば返したし、削除してほしいと言われれば削除していった。



 なんとか、写真と映像の方を終わらせ、4人して、やれやれと思っていると、それ以外のデータを見てくれていた会計、総務関係から電話が入った。


「すぐに店長を探して、本部に連絡をくれ」

「店長がどうしました?」

店長代理が尋ねる。

「数年に渡り、店の金を横領していた可能性がある」

「横領?」

私達は顔を見合わせた。

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