第5話 一回目

 そうっと中に入る。


 勝手口かと思いきや、ちゃんとした入口だ。そういえば最初、「旦那さんを連れてきたか?」と聞かれた。ここはVIP用の入口なのかも知れない。


 大きな段通だんつうが敷かれた玄関。入って右側に奥の間に続くのだろう絨毯がつながっているが、そこから離れて、ゆっくりと壁伝いに左側に進む。真ん中の廊下を、誰かに見つからずに進めば、表玄関に出る、と老人は簡単そうに言った。しかし、ちらっと覗き見た真ん中の廊下は、誰かがひっきりなしに出入りしている。途中に隠れる所も無さそうだ。

「これ、絶対見つかるじゃん、どうするのよ?」

声に出さず呟く。


 ふと気付くと、手前側にも向こう側にも通路がある。手前側通路を、そっと覗き込む。こちらは、布団部屋やら、客間に置く座椅子や火鉢といった備品庫があるようで、この通路は、時々、人が出入りしているものの、中央の廊下に比べると隠れるところも多いように見えた。


 念のため、反対側の通路も確かめに行く。中央の廊下に人がいないことを確かめ、向こう側の壁に飛び移るように移動する。通路をそっと覗き込む。どうやら、こっちには台所があるらしかった。隠れるところも、手前側の通路より多いように感じた。こちら側には中庭があるらしい。丁度顔の高さほどの所に窓があり、外が見える。少し離れた所で、誰かが何かをしているようだ。ここを通る時には、姿勢を低くしなければならないな、そう思った。

 

 食事のできていく匂いはしているけれど、時間はまだ早いようで、時々、女中がお茶や菓子を運ぶのが見えるくらいで、こちらも人通りは少ない。


 よし、こっちから行こう。


 私は姿勢を低くして、壁伝いにに歩いた。時々ある仕切りのような壁に、小さく小さくなって隠れながら、台所へ近づいた時だった。


 目の前を料理人と思われる男が横切る。


 男は急いでいるようで、前しか見ずに走って通り過ぎた。見つかってはないようだ。はあ、とため息をついたその時、外から物凄いうめき声が聞こえた。


 ウウウッ!! ウウウッ!!!


 心臓が飛び出るかと思った。そうっと声のした、中庭を覗いた。

「ヒッ!!」

声が出てしまって、慌てて口を抑える。


 そこには両手を縛られ、何かで口を塞がれ、素っ裸の太った男が、逆さまに吊り下げられていたのだ。

「こいつは皮が沢山とれそうだな」

「皮から剥ぐか?」

「生きたままだと、騒がれたら面倒だな」

「とりあえずしめるか」

「この辺とこの辺だな」

そう言うと、男たちは、吊り下げられている男の首や足の付根を深く切った。


 ブワッ


物凄い勢いで血が飛び散る。おびただしい量の出血。程なく、吊り下げられている男は動かなくなった。


「血が抜けてからだな」


 

そう言うと、男たちは、私の方を向いた。


「さあ、次は、お前の番だ。来い」


 見つかっていた……? 見つかっていた? 見つかっていたのだ!!

 さっき、小さく立ててしまった「ヒッ!」という悲鳴。聞こえていたのだ!!


 逃げなければ! 表玄関へ!!


そう思って振り返った時には既に、調理場の男たちに囲まれていて、悲鳴を上げる隙もなく、口に何かを突っ込まれ、どこかを殴られた。


 そこからの記憶がない……



「うわあああ!! 葉月、葉月!! しっかりしろ、葉月!!」

し……しゅ……秀一郎?? 秀一郎の声がする。目を開ける。

「秀一郎?」

「葉月、大丈夫か?! なんで? なんでこんなことに!!」

「どうしたの?」

起き上がって、彼を見る。

「起きるな!! いま、今、救急車を呼ぶから!!」


 慌てふためいてスマホを探す秀一郎の背中を叩いて、

「ねえ、何? 私がどうしたの?」

そう言うと、彼が驚いたように私を見た。

「……な、何ともないのか?!」

「何が?」

「ち、血まみれだぞ、お前?!」

「え?」

心臓が止まるかと思った。私のパジャマは上から下まで血まみれだった。


 「嘘……。何これ……」


パジャマを脱ぐと、どこにも何の傷もない。

「どういうことだ? 何なんだ、この血は……」

震える私を抱きしめて秀一郎が呟く。


 そうしているうちに、大量の血は、スーッと消えていったのだ。一滴も残らずに。



 部屋着に着替え、秀一郎に渡されたミネラルウォーターを一気に飲み干すと、私は、夢の中であったことを彼に話した。泣きながらだ。彼はずっと私を強く抱きしめている。時々髪を撫でる。


「よく……よく帰ってきてくれた……」

秀一郎も泣いている。

「だけど……まだ1回目なの……」

私は小さく呟くように言う。

「もう……やめよう。そんな怖い目にあわせたくない」

彼の気持ちはよくわかる。怖いし、もうこんなのは嫌だ。私だって嫌だ。

「でも、やらないと、あの通路から一生逃げ出せないの!!」

私は彼の胸に顔を埋めて泣いた。

「夢なのに……。何で……」


そう。夢なのだ。

これは、現実に続く悪夢なのだ……。

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