第38話 勢に求めて人に責めず

 アルマータ共和国軍の“戦車”隊に対し、わが軍は弓矢による攻撃を行なった。

 しかしそれを物ともせず“戦車”はゆっくりと前進してくる。

 なおも弓矢で攻撃するものの装甲に突き刺さるだけでその前進速度は揺るがない。わが軍はじわじわと後退して距離をとっていく。

 すると“戦車”から大砲が撃ち出された。


 これを見てわが軍は一目散に後退した。

 それを見逃さず、“戦車”はスピードを上げて追いすがろうとしてくる。


 やはりなにも知らない兵は恐怖を覚えるのだ。だがそれでいい。

 「故に善く戦う者は、これを勢に求めて、人にもとめず。故に能く人を択てて勢に任ず。勢に任ずる者は、その人を戦わしむるや、木石を転ずるが如し」とは『孫子の兵法』兵勢篇第五の言葉である。

 戦巧者は、勢いに乗ることを重視し、ひとりひとりの働きには期待しない。ゆえに全軍をひとつにまとめて勢いに乗れるのだ。勢いに乗れば兵士は木や石が転がるようなものである。


 兵に期待するのではなく、勢いに乗ることを頼むのだ。だから“戦車”が恐ろしくて逃げている姿を真に迫るように見せかけるには、本当に恐ろしいと思って逃げさせるに限る。


 わが軍は急速な後退を行ない、近くの雑木林に入り込んだ。

 ここなら“戦車”は道以外を走れない。

 だからこそ雑木林を逃げる兵士たちは大砲に気をつければ命にはかかわらない。


 こうしてどんどん雑木林の奥へと“戦車”を誘い込み、やがて雑木林が切れて街道に出た。

 わが軍が雑木林を抜けたところで、魔術師たちが水魔法をかけて“戦車”が展開するだろう場所をぬかるみに変えていく。

 すると程なくして“戦車”がぬかるみに動きをとられながらもそこで横列陣を布いていった。

 そして大砲でにらみを利かせる態勢をとる。

 わが軍は素早く反転して陣形を再編し、“戦車”の進撃を待っている。


 そう「待っている」のだ。


 “戦車”隊はゆっくりと整然に前進を開始した。あと少し、そのまままっすぐ……。


 すると大きな炸裂音があたりでたちどころに鳴り響き、多くの“戦車”がひっくり返るのではないか思えるほど飛び上がった。

 そう、ここに“対戦車地雷”を仕掛けてあったのだ。

 最前列の“戦車”が走行不能となり、第二列の“戦車”がその脇をくぐり抜けてさらに追いすがろうとしていたところへ、第二陣の“対戦車地雷”が爆発する。後方に控えていた戦車隊をめがけ、わが軍の弓弩から可燃性の油瓶をくくりつけた火矢が次々と放たれる。

 火矢は前進する“戦車”に次々と命中して小さな火がついた。しかし物ともせず前進してくる。


 だが、これは布石にすぎない。


 水魔法を使った魔術師たちが雑木林の一本道へと回り込んで道を泥沼へと変えていく。それに気取られないよう、正面の攻撃を厚くしなければならない。

 アルメダさんやユミルさんなどの魔術師が前面に現れ、火炎魔法のひとつ「炎の壁」を放つ。

 これは横方向に広い範囲で作用し、長時間炎が燃えてまさに「壁」となって立ちはだかるのである。

 すると火をものともしないはずの“戦車”があちらこちらで爆発を始めた。

 先ほど撒いた可燃性の油に火がついて激しい燃焼を引き起こしたのである。


 炎の温度はどんどん上がり、戦車の内部に格納してある砲弾が次々と誘爆を起こしているのだ。

 そして一両爆発すれば燃焼温度はさらに増し、隣の“戦車”も無事ではいられない。

 こうして爆発の連鎖が起こった。

 そのことに気づいた敵指揮官は前進をあきらめて後退しようとする。

 しかし、“戦車”が通れるのは泥沼と化した雑木林の一本道しかない。

 順次撤退しようと転進するが、進退極まって誘爆の連鎖が広がっていく。


 そこで避雷針を取り付けた火矢を、撤退する“戦車”の先頭に射込んだ。

 そして四名の魔術師たちが炎の後ろから「電撃の槍」の呪文を発動した。

 これにより一本道に連なっていた“戦車”は逃げ場もなく強力な電撃を食らうこととなる。


 そうして残りのすべての戦車は内部に抱える砲弾が起爆して相次いで大破して燃え上がっていく。

 ここまですべて計算どおり。


 「以て往くべく、以て返り難きをかいと曰う。挂なる形には、敵に備えなければ出でてこれに勝ち、敵もし備えあれば出でて勝たず、以て返り難くして不利なり。」

「『かい』とは進攻するのは容易だが撤退するのが困難な地形である。敵が守りを固めていないときに出撃すれば勝利するが、守りを固めていれば出撃しても勝てず、しかも撤退困難なので苦戦は免れない」

 おもわずつぶやいたが、パイアル公爵が尋ねてきた。

「それも“完全に失われた書物”にある言葉なのか?」


「さようでございます、閣下。敵は前進こそ容易ですが撤退が不利な地形だということを知らずに追撃をかけてきたのです。おそらく“戦車”の攻撃力に絶対の自信を持っていたのでしょう」

「あとは掃討戦に移行することになるが、それでよいのかな?」

「いえ、ここは“戦車”の指揮官と兵員を捕縛して、アンジェント侯爵らとの人質交換の材料となさるがよろしいでしょう。殺しすぎはよくありません。敵に反撃不可能なまでの打撃はすでに与えましたので、早々あちらから攻めてくることもなくなるでしょう。この戦、すでに勝敗は決しておりますゆえ」


 パイアル公爵は配下に指示を出し、かろうじて“戦車”から脱出できた指揮官と兵員たちを次々と捕縛していく。

 この手際、さすが老獪なパイアル公爵といったところだろう。

 兵たちもよく指示を守っている。


 軍師としての役目もここで終わりだ。

 アンジェント侯爵が復帰すればまた彼が指揮官となる可能性が高い。

 そのとき私は軍師として求められないのではないだろうか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る