第39話 もうひとりの異世界転生者

 先の戦いでアルマータ共和国軍の“戦車”隊を全滅に追い込んだ功績を高く評価され、侯爵へと格上げされることとなった。

 これにより、正式に全軍を指揮する将軍または軍師となることが決定したのだ。

 そこにアルマータ共和国から捕虜交換を要請する使者が到着した。


 敗戦からわずかな時間でのことなので、それほどこちらに捕らえられては不都合な者がいるということなのだろう。

 “戦車”隊の指揮官はどこか軍人っぽくない印象を受けたのだが、もしかしたらあの男が異世界転生者かもしれない。

 さっそく捕虜収容所を訪れ、“戦車”隊指揮官を呼び出した。幸いなことに短髪だ。


「この者があの装甲を持つ車の指揮官だそうです」

「さようか。いちおう所持品を調べさせてもらおう。こっちへ来てその場でゆっくりひとまわりしてもらおうか」

 そういって格子越しに両手を差し入れた。

「美女に体をまさぐられるなんて、夢みたいなところだな。ここは風俗かなにかか?」

 ポケットに両手を突き入れながら、その男をぐるりと一回転させると、確かにあった。うなじに魔法陣の紋様があったのだ。


 この男が異世界転生者。となればこの男をこのまま返してもよいものだろうか。


 だがアルマータ共和国側はアンジェント侯爵らと交換するという破格の条件を出しているため、帝国としてはこの男と交換する気は満々だろう。

 たかが敵の指揮官をひとり捕らえただけで、侯爵らと交換できると言われれば、つい「交換します」と言ってしまいそうなものだからな。


「貴様、名はなんと言う」

「俺っすか。タイラ・キミヒコっす」

「姓があるのか。ということは貴族か?」

「違うっすよ。一般市民っす!」


 チャラいな。これで兵器オタクだとはとても思えない。

 ひと目見てわかるほうがおかしいとは思うのだが、あまりにも想像より落差を感じた。

 もっと切れるかネクラだと思っていたんだけど。


「それより、そろそろアルマータから捕虜交換の依頼が来ているはずなんすけど、まだっすか?」

「まだ来ていないな、そんなものは。なぜ来ていると思っているんだ? 貴様はしょせん一部隊の指揮官にすぎんのだろう?」

「俺の価値ってあんたらが思ってるよりよほどあるんすよ。なにせ異世界転生者っすから」

「なんだ、その異世界なんたらというのは」

「知らないんすか? この世界を変える勇者として俺、召喚されたんすよ」

「なにを言っているのかさっぱりわからないな」


 こんなにペラペラと「異世界転生者」と豪語しているようだと、そのうち刺客を送られるとは思わないのだろうか。

 そのあたりが兵器オタクと兵法オタクの意識の違いなのだろう。

「まああとで聴取をとるから、そのとき洗いざらい話してもらおうか。その異世界なんたらとやらも含めて」


 ◇◇◇


 収容所から帰ってすぐにパイアル公爵に面会時間を作ってもらった。


「あの“戦車”隊指揮官タイラ・キミヒコは、私と同じく異世界転生者のようです。証も確認致しましたし、話を聞いても同じ国の出身だと感じました」

「で、どうしろと申すのだ」

「アンジェント侯爵、オサイン伯爵、アイネ子爵との捕虜交換には応じないでいただきたいのですが……」

 パイアル公爵は少し考えていたようだった。


「アンジェント侯派の貴族が捕虜交換に前のめりでな。これで交換しないとなったら暴動が起きかねんほどだ」

「では戦死したことにはできませんか?」

「どうやら奴らはあの男のことを魔法で確認しているらしい。だから空間魔法を使って奪還されないともかぎらない。それなら捕虜としてアンジェント侯らとまとめて交換しても大差なかろう」


 しかしあの異世界転生者タイラ・キミヒコをこのまま返せば、今度は「改良型“戦車”」で攻めてこないともかぎらない。

「そなたの危惧もわからんではない。さらなる新兵器をもって攻め寄せてくるかもしれんというのだろう。だが今回捕虜交換が合図で、すぐ再戦ということでアンジェント侯派と折り合いがついておる。そこでアルマータ共和国の息の根を止められれば、新兵器を開発する暇もないであろう」


 確かにすぐに再戦なら新しく開発する時間はない。

 だがもし“戦車”をも上回る兵器が作られていて保管されていたとしたら。

 その場合はたとえタイラを殺したとしても、使用される可能性もあるのだが。

 それがミサイルだとすれば、タイラが死んでいようと関係ないはずだ。


 ではなぜアルマータ共和国はタイラの返還を要求しているのか。

 それはタイラにしか使えない新兵器がすでに存在していることを、暗に示していないだろうか。


「では、捕虜交換後、ただちにアルマータ共和国に攻め入ってくださいませ。もしアルマータ共和国が仕掛けてくるまで待っていたら、どんな新兵器で攻めてくるともしれませんゆえ」

「確かにその危険はあるな。ただ新兵器が完成しているのなら、あの男がいなくても使用することはできるのではないか?」

「おそらくですが、タイラ本人にしか使えない兵器なのだと存じます。“戦車”も自ら乗って指揮しているくらいですから、兵器には思い入れがあるのだと思います。私たちの世界では“兵器オタク”と呼ばれるタイプの人間です。だから自分で作って、自分で使ってみたいのでしょう」


 しかし捕虜交換は明日行なわれることに決まってしまった。

 タイラはどんな新兵器を生み出していたのだろうか。

 そら恐ろしさに胸が押し潰されそうだ。



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