第36話 秘密兵器
「伯爵様、いよいよアルマータ共和国と戦われるのでございますね。私たちは皆無事お帰りになることを心より願っております」
秘書のエミリさんがどこから聞きつけたのか、私の出撃の話は邸宅を支える人たちに伝わっていたようだ。
これはやはり魔術師のリベロさんが情報を流したんだろうな。
「今すぐというわけではありません。こちらも準備が必要ですから。これからここで魔術師たちとともに秘密兵器をいくつか作る必要があります。アルメダさんやユミルさんなどが作業を行なうことになっております。可能なかぎり作れれば、それだけこちらが有利となるのです。皆様のお手を煩わせることになります。その点はご容赦ください」
「ラクタル様、敬語はお控えくださいますように」
エミリがいつもどおりの言葉をかけると、場の緊張は幾分和らいだ。
「ここには私付きのアルメダさんリベロさんの他に、オサイン伯爵付きのユミルさんや心当たりのある三名を連れてまいります。滞在は五日間の予定です。爆発物を取り扱いますので、離れの一部を作業場に設定します。使用人の皆さんは可燃物を運び出してください。いちおう爆破封じの魔法をリベロさんにかけていだたきますが、万一ということもありますので」
「はい、伯爵様」
使用人頭が応えて、使用人を引き連れてさっそく離れに向かう。
「ソクテスさん、料理も五日間は四人ぶん多くなりますので、これから用意をお願い致します」
「かしこまりました。お前たち、買い出しに行ってこい」
はいと料理人たちが応えると、厨房へと駆け出していく。
「エミリさんはいつもどおり皆さんの働きを監視してください」
「かしこまりました」
眼鏡を左指でずりあげている。これも彼女のクセのひとつだ。
「では、ユミルさんたちとの待ち合わせ場所に向かいましょう」
私の前をゲオルグさんが歩き、後ろからボルウィックがついてくる。
右にはリベロさん、左にはアルメダさん並んでいた。
街を歩く際のお決まりの隊列である。
◇◇◇
それから五日間、私は魔術師六人とともに新兵器の開発を行なっていた。
人の重さでは反応しないが“戦車”クラスの重さで反応する“対戦車地雷”を六十個作った。
火炎魔法を増幅するため、火矢に可燃性の油を取り付けたものも二百個用意する。
“戦車”の砲弾に信管と紛う電撃魔法を炸裂させるための避雷針を取り付けた火矢も用意した。
これは必ずしも戦車に刺さる必要はないが、近くにあるだけでも強力な電撃が周囲の金属へ次々と落ちるので、付近すべての“戦車”を使用不能にする効果が期待される。
また“戦車”のいる地域の地面を泥沼と化すために水魔法を使うことになる。
水は火を消し電気を逃してしまうため、火炎魔法と電撃魔法を使う局面では使用できない。
だが“対戦車地雷”と組み合わせれば最大の効果が期待できる。戦車の進撃を足止めするのだ。
◇◇◇
五日のうちに出来あがった兵器を荷車に載せてパイアル公爵と面会した。
「これが“戦車”とやらを無力化する兵器なのか。ずいぶん少ないようだが、これで足りるのかな」
「アルマータ軍に『こちらには“戦車”を倒す手段がある』と思い知らせて、“戦車”を封じてしまうのがこちらの策です。だから見かけ上の数があればよいのです」
「なるほどな。イーベル伯はなかなかの策士だ」
「恐れ入ります、閣下。で、出撃はいつになりましょうか。いちおう一週間後とお伺いしてこれらを作ってきたのですが」
「それは変えんよ。アンジェント侯たちを取り返すためにも、逸早く軍事的に勝利せんとな」
やはり公爵閣下の狙いはアンジェント侯爵らの奪還にあるのか。
無能だからと切り捨てたら、いつ応報されるかわかったものではない。
それが戦乱の世というものだ。
アンジェント侯爵らが捕虜となったのも、彼らが情けをかけなかったからだろう。
もし私のように異民族に情けをかけて手懐けていたら、これだけの反感を買うこともなかったかもしれない。
「それはそうと、次回の戦では私の軍師になってもらうからな、イーベル伯」
「えっ、全軍を統括する軍師を私が?」
「そうだ。そもそもそのほうは“最も優れた軍師”としてこの世界に転生してきたのだ。これまでの戦いぶりでもそれは証明されておる」
とうとう私は憧れだった軍師になれる。
小事に煩わされず、全軍を効果的に動かす立場になれれば、きっと『孫子の兵法』をもっと大きく採用できるはずだ。
これはまたとない好機の到来である。
「かしこまりました。必ずやご期待に沿いましょう」
帰宅すると魔術師たちへのお礼の宴を催した。
ユミルさんを迎え入れたいのはやまやまだが、アンジェント侯爵らが救出されたら、彼女はオサイン伯爵の元へ戻らなければならないのだ。
現在どこにも雇われていない魔術師は、今回の私の戦い方を見て契約してくれるかどうかを判断してくれるという。
この有能な魔術師たちを雇い入れれば帝国軍は今以上に強くなる。
そのためにもアルマータ共和国の“戦車”を華麗に撃破しなければならない。
そんなことを思いながら、この楽しいひとときをみんなと分かち合った。
そして、私が初めて軍師を務めて迎える「対アルマータ共和国軍戦」つまり「対“戦車”戦」の日がやってきた。
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