第35話 軍法会議

 戦場から離脱する魔術師を追ってくる敵兵を倒すとともに、保護してまわる小さな作戦を遂行していると、幸いオサイン伯爵付きのユミルさんの身柄を確保できた。


「ユミル、よく逃げてきたね」

「アルメダ……私は伯爵閣下を見捨ててしまったわ……。軍法会議にかけられるのでしょう? それならいっそのこと戦場で命を懸けるべきだったわ……」

「ユミルさん、あなたの身柄は私が預かります。逃亡したのではなく、敵軍の情報を私たちに託すために逃げ延びたのだ、と考えてくださいね」

 思い詰めるユミルさんを励ますために言葉を重ねた。

「リベロさん、次の方を確保しにいきます。人使いが荒くて申し訳ありませんが、お願い致します」

「まあ人数が限られればなんとかなりますけどね。アルメダ、彼女を帝都へ送り届けてください。ゲオルグとボルウィックは伯爵様とともにこの環の中に入ってください」

 私たちはリベロさんの描いた魔法陣を踏まないようにその中に入る。

 こうやってひとり、またひとりと魔術師を救出していった。後日の再戦で必ずや役に立つ者たちであった。


 ◇◇◇


 逃げ延びた魔術師や兵たちを率いて、私たちは帝都へと帰り着いた。

 そこで待っていたのは軍法会議である。

 指揮官のアンジェント侯爵、オサイン伯爵、アイネ子爵が軒並み捕らえられたのに、付き添うべき魔術師たちが戦線を離脱しているのだ。

 彼らを処罰せんとする軍部から、私は魔術師たちを抱えることとした。


 この中に敵に内通している者はいないとは断言できない。

 だが、有効に利用できれば彼らは次の戦いでの切り札になりうる。

 敵が“戦車”を持ち出した以上、それに対抗できるのは魔法だけである。


 仮に魔法攻撃を無効にする呪文が仕込まれていたとしても、火炎魔法や電撃魔法で発生する炎や電撃それ自体は防げない。

 そしてどちらも“戦車”が抱えている砲弾を誘爆させるには必須である。


「陛下に顔向けができません。どのような罰が下るのか。それが怖いのです」

「あなた方は私が必ず守ります。私の指揮下に入って戦ってくれるだけでいいわ。そうすれば旧主に尽くす機会も得られるでしょう」


 そんな話をしていると、謁見の間に皇帝陛下が現れた。その場にいたすべての者が片膝をついている。

「此度の戦はわが軍始まって以来の大敗北であった。かの国はおそらくこの国を攻め落とそうとするだろう。これを阻止しようと名乗りを上げるものはおらぬか」

 ただちにパイアル公爵が手を挙げた。

 軍の最高指揮官が自ら戦地に赴くというのか。


「パイアル公、そちの勇敢さは大陸に轟いておる。そちなら敵軍を殲滅してくれると確信しておるぞ」

「陛下。このたびの戦で逃げ帰ってきた魔術師や兵の助命を嘆願致します。それが叶いましたら、それらの者はイーベル伯の指揮下に入れますゆえ」

「ほう、イーベル伯のな。彼らを救出したのがイーベル伯だと聞いたのだが、それは真か?」

 陛下の視線が注がれる。


「はい、陛下。私は此度の戦をつぶさに観察し、敵軍を倒すには魔術師が不可欠だ、との結論に達しました。助命が叶うのならば、次戦で結果をお示ししたいと存じます」

「伯も次の戦に赴くと申すか。しかも敵軍を倒す、と。さすが伯は怖いもの知らずよの。よかろう、此度の撤退の責は問わぬ。その代わり助命された者は次の戦でイーベル伯の指示に従え。反したら今回の件と合わせて処罰するゆえに」

 ははっ! と魔術師と兵士たちは声を揃えた。


 謁見が終わり陛下が退場すると、人々は散開した。

 程なくしてパイアル公爵が近づいてくる。


「で、敵の“戦車”とやらの弱点を掴んだそうだが、あれに勝てそうなのか? アンジェント侯も兵を率いる腕前はかなり高かったはずなのだが、完敗だったそうだが」

「はい、公爵閣下。あれには確かに弱点がございます。もしアンジェント侯爵がじゅうぶんな準備をしていれば、あんなにぶざまな負け方はしなかったはずです」

「戦術資材で欲しいものはないか? 国庫に収められている武具や防具はいくらでも使ってかまわないが」

 ちょっと頭を悩ませたが、弓弩と火矢をありったけ使わせてもらうことにした。


「そんなものでかまわないのか?」

「武器としてはそれだけでじゅうぶんです。あとは私が用いたい魔法がございますので、魔術師を数多く雇わなければなりません。ただ、これが受け入れられれば必ず勝てますので、出し惜しみのないようお願い申し上げます。とくに前戦から逃れた魔術師はすべて私の下で働いてもらう予定です」

 ここまで念を押せば、出し惜しみのしようもないだろう。

 そもそもパイアル公爵にしても必ず勝つつもりで手を挙げたわけだから、負けるつもりはさらさらないはずだ。


「私の魔術師のつてを頼って幾人か集めておりますが、他にも今回わが隊へ編入となった者たちの中から最適な能力を持つものを選りすぐります。多少難があると思われる魔術師でも、戦場での選択肢が増えますので付き従っていただく所存です」

「伯の考えはおそらく正しい。それを実現するために最善の努力をせよ」

「はい!」


「前イーベル伯は戦において、負けると思ったときは即座に撤退した。伯も負けると感じたら即座に撤退するのだぞ」

「お任せください。私は“戦車”の弱点をすでに見切っておりますゆえ。必ずやアルマータ共和国軍を撃退してご覧に入れます」

 私の決意は揺るがなかった。



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