第34話 異世界に戦車!?

 アンジェント侯爵率いる帝国軍は、見たこともない新兵器“戦車”を前にして為す術がなかった。


 火炎魔法が一定数効くのは開幕でわかったはずなのだが、それをほとんど使わないのは策というより大砲の破壊力に恐れおののいているからだろう。


「リベロさん、アンジェント侯爵付きの魔術師は火炎魔法以外になにが使えるんですか?」

「そうですね。電撃魔法と水魔法あたりでございます。空間魔法が使えるのであれば、すでに使っていてもおかしくはないので、使える者はいないようです」

「であれば電撃魔法が効くかもしれません。少なくとも私の知っている“戦車”は電撃に弱いはずですから」


 内部のコンピュータさえ破壊できれば、“戦車”といえどひとたまりもない。しかも積んでいる砲弾に誘爆すれば内部から破壊することも可能だ。


「アルメダさん、リベロさん。あとで電撃魔法を使える方も紹介してください。場合によっては使えるかもしれません」


 ふたりの了解を取り付けると、さらに戦況を眺めてみる。

 水魔法で地面をいくら緩めても、あの無限軌道は地面との摩擦で動くため、あまり苦にせず前進できる。

 もちろんさらに緩めてぬかるみから泥沼へと変えてしまえば、自重で沈んでしまい身動きがとれなくなるはずだ。


 火炎魔法と電撃魔法と水魔法。これだけ使えるのにそれがほとんど活かされていない。

 いくら魔法が使用者に負担を強いるからといって、有効な攻撃手段を活かせないのであれば本末転倒である。

 もしかしてアンジェント侯爵は魔法の優位性を自覚していないのではないか。


「リベロさん、空間魔法の使い手はどれほど集められそうですか? 数によって戦い方が大きく変わりますが」

「伯爵様、空間魔法は魔術師といえども扱えない者がほとんどです。限られたごく一部の者が行使しうるのみです」

「ということは侯爵の軍には空間魔法の使い手はいないのですか?」


「さようです、伯爵様。ただでさえ絶対数が少ないうえ、戦場では酷使されますので、進んで軍に従おうとする者は限られるのです」

 あとは剣士として“戦車”をどうとらえるのかが知りたいところだ。


「ゲオルグさん、ボルウィック、あの“戦車”をどう思いますか?」

「うーん、あの装甲は厄介ですね。あれに遮られて中にいる者に攻撃が届きそうにありませんから。なんとかして外へ飛び出すようにすれば、しょせん防御を固めるだけの者たちでしょうから、ひとり残らず倒せるとは思いますが」

「あれが厄介なのなら、鹵獲ろかくしてこちらでも生産できるようにするとよいかもしれません。手に入ればわが軍の強化につながるでしょう」


 やはりあの“戦車”の弱点については考えが及ばないか。無理もない。

 目の前でアンジェント侯爵軍があんなに一方的に損耗している場面を見せられれば、打つ手がないように感じてしまうだろう。


「しかし“戦車”というのは悪魔の兵器だな。こうも一方的に虐殺できるなんていうのは。おそらく武術の練度も低いだろうに。あれを動かす訓練を受けただけで、大部隊での包囲戦を得意とするアンジェント侯爵が為す術もないんだからな」

 戦車の弱点として火炎魔法と電撃魔法が考えられるが、アレは可能なのだろうか。


「アルメダさん、リベロさん。魔法を固化してなにかの拍子に発動するような罠は作れますか?」

「ずいぶん突拍子もないことを聞くのね。火炎魔法を壺に封印して壊したら発動するっていうのは聞いたことがあるわね。だからラクタル様の考えているようなものは作れなくはないと思いますわ」

「空間魔法は座標を固定して発動する技だから、なにかに封じ込めて使った例はないと存じます、伯爵様」

 となれば対戦車地雷は作れるってことか。

 あとは突進を食い止めるバリケードを用意すればじゅうぶんに戦える。

 これは馬防柵を応用すれば作れなくはないだろう。


 相手の“戦車”が今のところ“なんちゃって”である以上、その弱点は突かせてもらう。

 おそらくこちらに異世界転生者がいるとは考えてもいないはずだ。

 だから弱点が看破されたなんてつゆほども知らず、得意げに攻めてくる可能性が高い。

 そこまで図に乗せておいて一度の戦闘で完膚なきまでに叩き潰すのだ。


 反撃を許している余裕はない。撤退もさせない。

 “戦車”をすべて破壊すれば、アルマータ共和国軍は戦力の立て直しに時間がかかるだろう。

 そこを外交交渉でうまく収められたら。

 考えるだけなら誰でもできるが、問題はそれを実行できるかどうかだ。


「リベロさん、空間魔法で瞬間移動する魔法は、呪文詠唱から発動するまでどのくらいの時間がかかりますか?」

「距離にもよると存じます。ここから眼下の戦場まででしたら、数瞬ほどでさほど時間はかかりません」

 戦車の猛攻により敗北必至のわが軍から、アンジェント侯爵らや魔術師だけでも回収できないものか。


「口が悪いのを承知のうえで申しますが、この際足手まといのアンジェント侯爵らは無視してもかまわないかと」

「そういうわけにもいかないのよ、ゲオルグさん。確かに本当に必要なのは魔術師なんだけど、だから魔術師だけ回収しました、と説明したら。後日アンジェント侯爵らが解放されてわが軍に復帰したとき、大きな攻めどころになってしまうわ。なぜ私たちを助けなかったんだ! ってね」

「確かにそれでは伯爵様の軍での立場が危うくなってしまいますね」

「そういうことです」


 今回の偵察で、敵の主力が“戦車”であり、銃火器の類いは小型化できなかったのか持ち合わせていないことがわかった。

 剣と魔法の異世界に、“戦車”とは妙に近代化している。


 異世界転生者が噛んでいるのは間違いないだろう。

 だがある種の兵器オタクではあっても、兵法オタクとは思えなかった。

 だから対処のしようはあり、付け込むスキもじゅうぶんにあるはずだ。


 そんな話をしているうちに、戦いは終結した。

 わが軍の完敗である。

 アンジェント侯爵、オサイン伯爵、アイネ子爵らも縛られて捕虜にされたようだ。

 ただ、混乱のさなかに戦場を離脱した魔術師が数名いたので、彼らを保護するのが私たちの使命となった。



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