第四章 伯爵邸と隠し部屋
第25話 伯爵邸
謁見の間を出た私たちは、カイラムおじさんに従って帝都の一角にある豪邸に到着した。
伯爵邸でこの大きさなのかと驚いた。
ベルナー子爵夫人として暮らしたベルナー子爵邸もじゅうぶんに大きいと思っていたのに、それを軽く上回る大きさである。
「今日からここがラクタル嬢ちゃんの邸宅じゃ。鍵束は渡しておく。今からベルナー子爵邸から荷物を運び込んでおくのじゃな。今日明日どうなるというものでもなかろうが、早めに邸宅に慣れてもらわんことにはな」
そう言い残してカイラムおじさんは私たちの元から去っていった。
「伯爵ともなるとこれだけのお屋敷に住めるのね。イーベル伯爵としては、お抱え魔術師を雇うつもりはなくて? 今ならお安くしておくわよ」
アルメダは軍属なのだが、どうやら当人はお抱え魔術師のほうが性に合っているらしい。
一人前の魔術師は魔法電話を持っていることだし、緊急連絡手段を持っておくに越したことはないだろう。
しかしアルメダさん以上の魔術師はまだ考えられないな。
イーベル伯爵号を引き継いだ式典が催されて、そこへ魔術師が売り込みに来るらしいので、そこから見繕うしかないか。
「これだけ大きいのなら、副官室も設けられているのでしょうか?」
「おそらくあるんじゃないの?」
「ベルナー子爵邸には副官室がなくて、日常の警護に苦労しましたからね。あるとありがたいのですが」
ふたりともここに住む気満々である。
だが、当主である私がまだ中を見ていないのだから、ふたりをどこに住まわせるかは決められなかった。
ふたりだけでなく、手駒に加えている間者も囲わなければならないし、決めることが多すぎる。
「とりあえず子爵邸から荷物を持ってきます。部屋割りもわかりませんし、掃除も必要でしょうから、おふたりには後日連絡しますので、今しばらくは現状のままということで」
「えーっ、今日から住めると思ったのに!」
それまで浮かれていたアルメダに苦笑いした。
「曲がりなりにも私が当主ですから、私が一番乗りしなくてどうするのですか」
「それもそうね。じゃあ後日必ず連絡しなさいね。じゃあ私はここで帰るわね」
「アルメダさん、ありがとうございました。これからもよろしくお願い致します」
残ったボルウィックはやれやれといった感じだ。
「それでは、引っ越しを済ませましょうか。荷物持ちくらいは致しますよ」
「うーん。荷物と言ってもそれほど多くはないんだけどね。子爵家から人を借りてくればすぐに終わるような量だし」
「まだここにおったな。ラクタル嬢ちゃん」
「あれ、帰られたのではないのですか?」
軍官吏のカイラムおじさんが再び現れた。
「帰るとは言っとらんよ。イーベル伯爵家の使用人を連れてきたんじゃ」
「えっ、伯爵家の使用人ってご存命なのですか?」
「伯爵は死んでも、家の使用人は他の屋敷で厄介になっておったからな。先の戦に行く前、声はかけておいたんじゃ。皆、伯爵家の復活を心待ちにしておったわい」
「これから引っ越しをしようと思っていたのですが……」
「それなら魔術師を使えばよかろうて。伯爵付きの魔術師もそろそろやってくるじゃろうしな」
えっ? ということはアルメダさんをお抱え魔術師にできなくなってしまうのでは?
「あ、その表情だとアルメダをお抱えにしたかったのかな。安心せい。伯爵は複数の魔術師を抱えられるからのお」
キュインキュインと音が鳴ったと思ったら、突然十人近い人が現れた。
「おお、皆よく来たな。彼女が新しいイーベル伯爵じゃよ」
「へえ、まだ女の子じゃない。この子が伯爵なんて、帝国もまだ捨てたものじゃないわね。まだ中には入っていないのよね。ちょうどいいわ、地図を持ってきたから」
といって、活発そうな女性がかばんの中から図表を取り出した。
四階建ての大きな邸宅だと思っていたのだが、地下室も二層あるらしい。見た目より遥かに大きいな。これは掃除に時間がかかりそうだ。
「あの、邸宅のお掃除を任されていた者ですけど、中はすべて前当主が存命の状態のままで、埃などは毎日綺麗にしてあります」
品のよさそうな女性が前に出てきて一礼した。
彼女の後ろに控えるふたりの女性も同じく一礼している。
慌てて答礼したが、この三名でこれだけ大きな屋敷の清掃を毎日していたのか、と思うと驚かずにはいられない。
「かまどが使えるのなら、今からなにか振る舞いたいんだが、どうなってるんだい?」
白い服を着た威勢のよい男性が、いくつかの鍋を抱えて立っている。この人が料理人なのだろう。
「はい、厨房も毎日清掃しておりますので、すぐにでもお使いいただけます」
「よし、立ち話もなんだから、まずは中に入って茶でも飲もうじゃないか」
料理人の言葉に従い、門扉の錠を鍵で開けて皆で中に入っていく。
今日からここがわが家になるのか。
これだけの待遇を用意されたということは、それに見合った軍略も要求されるのだろう。
浮かれていたものの、少しだけ気が重くなった。
「伯爵家を継ぐって、これだけ大きなことだったんだ。こんなに多くの人を巻き込む形になって……」
「当主はどんと構えていてください。あまり目下のものに気を使う必要はありませんよ」
礼儀をわきまえた見事な応対をしてくれた若そうな女性だ。
きっちりとした服を着ていて、どこにも緩んだところがない。
おそらく秘書か使用人頭だろう。
「あ、わたくし、前伯爵の秘書を務めておりました。あとで皆が自己紹介を致しますので、今はおかまいなく」
こんなところまでしっかりしている。
それにしても前伯爵はどれほどの人に慕われていたのだろうか。
ここにいるのは接していて気持ちのいい人ばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます