第24話 軍功第一

 引き続き、論功行賞が行なわれている。


「陛下、私たちはアルマータ共和国に反して帝国につくことに致しました。それはこれまでの用兵とは根本的に異なる戦い方で敗北したからです」

 異民族の指揮官は包み隠さなかった。


「うむ、確かにそなたらが加われば、かのアルマータ共和国をも脅かす勢力になれるだろう。では再び聞くが、そなたらがベジルサ侯国から撤退したのは、ベジルサ侯国でわが軍に敗れたからか、それとも本拠地を落とされようとして危機を察したからか」

「後者でございます、陛下」


「陛下、惑わされてはなりません。これは負け惜しみにすぎません。確かにわが軍はこの者を仕留め損ないましたが、おびただしい戦果を挙げております。だからこそ彼らは撤退したのです」

 オサイン伯爵はなおも食い下がる。

 まあここで退いたら軍功は争えないのだから必死になるのもわからないではないが。


「ここに軍官吏が四名おるな。そのほうらは此度の戦をどのように評価しておるか」


「もしベジルサ侯国救出のために四中隊が揃って向かっていれば、間違いなく彼らを撃退できたでしょう」

「私も同意見です、陛下。あえて兵を二分して要らぬ犠牲を出したのは、これを発案した者の責任です」

 オサイン伯爵とアイネ子爵の軍官吏の言い分は確かに間違っていない。

 四中隊がともに行動していれば、これほどの損害は出ていない。


 しかし、それはこちらの策に乗ってくれればさらに損害を減らせたのだ。

 そこがわかっていない。いや、わかっているが述べられない、ということか。


「兵を二分したのは誰の発案によるか」

「ベルナー子爵夫人でございます、陛下」

 アンジェント侯爵がいやみったらしく私の名を呼んだ。


「ではユーリマン伯爵の軍官吏よ、そちはどう評価しているか」

「私も当初はベルナー子爵夫人の案は解せませんでしたが、実戦を見るかぎり正しい判断だったと理解致しました。もしオサイン伯爵、アイネ子爵がともに子爵夫人の案に従っていれば、犠牲者はより少なくなっていたことは疑いの余地がございません」

「うむ。この者はこう申しておるが、オサイン伯爵の軍官吏は此度の子爵夫人の策をどう評価しているか」


「確かに突拍子もない案ではございますが、戦いっぷりを判断致しますと、あながち間違いとは言えないかと存じます」

「評価できるかどうかを聞いておる」

 陛下が冷たく凍るような視線をその場にいる者たちに送ってくる。


「……。はい、評価できるかできないかの二択であれば、評価できます」

「アイネ子爵の軍官吏はどうか」

「私も評価できるできないで申せば、評価できます」

「なるほど、これで四名のうち三名がベルナー子爵夫人の策を是としたわけだな」


「しかし、陛下」

 口答えしようとするアンジェント侯爵を陛下は視線ひとつで黙らせた。


「ではベルナー子爵夫人の軍官吏、そなたはこの策を評価するか」

「おおいに評価できます、陛下。囲まれているベジルサ侯国へ向かっていたら激しい戦は避けられなかったはずです。しかしベルナー子爵夫人の策は、異民族軍からベジルサ侯国を解放したばかりか、長駆して疲労の極致にいた彼らを少ない兵で強かに叩いております。ひとつの中隊が五分の損害を出した程度で異民族軍を封じ込めたのです。この功績は大きいと存じます。もし全軍がこの策に乗っていれば、全体の死者は相当程度抑えられただろうと判断致します」

 この言葉に口元を緩めた陛下は、今回の戦を総括し論功行賞を行なった。


「此度の軍功第一は、異民族軍を撃滅するのみならず、わがほうへ引き入れたベルナー子爵夫人とする。そなたを大隊長へ昇進させるとともに、今は失われたイーベル伯爵号を授与する。以後、イーベル伯爵として余に忠誠を尽くせ」

 温かな眼差しでこちらを見ている。

 どうやら今回、陛下の期待にじゅうぶん応えられたようだ。

「はい、陛下」


「ユーリマン伯爵、そなたはイーベル伯爵の策に付き合いながら、行動をともにしなかった。しかし兵を損ねたわけでもない。よって軍功はないものとする」

「はい、陛下」


「オサイン伯爵、アイネ子爵はイーベル伯爵の策に従わず、余の兵士を多数死なせた。幾分奮闘はしたものの、その死者を抑えなかった罪は大きい。軽くはするが刑罰は覚悟せよ」

「……はい、陛下……」

 よほど悔しいのだろう。ふたりのか細い声が聞こえた。


「今回の論功行賞は決した。皆のものご苦労であった」

 陛下は悠然と謁見の間を後にした。


「そなたが私の策を支持して、あの小娘の策を下ろしてくれればこんな無様な目に遭わずに済んだのだぞ!」

「われら軍官吏は戦争で客観的な数字を調べるだけです。ベルナー子爵夫人、いえイーベル伯爵の策を実行していたら、より確実に犠牲が少なくて勝てただろうことは疑いありません」


 ボルウィックとアルメダとともにカイラムおじさんが近寄ってきた。

「これで伯爵じゃな、ラクタル嬢ちゃん」

「カイラムおじさんのおかげです。最初の一歩が踏み出せなければ、今頃アイネ子爵の一兵卒として戦って死んでいたかもしれないんですから」

「まあわしの目に狂いはなかったということじゃて」


「アルメダさん、今回は二回も魔法に頼ってしまって申し訳ありませんでした。本当は使わずに済ませられたらよかったのですけど」

「いいのよ、イーベル伯爵。私はあなたの隊の魔術師なのですから。これからは大隊付きの魔術師になるわけね。職責がますます重くなっちゃうわね」

「本当にごめんなさい」


「おっと、ラクタル嬢ちゃんにこれを渡さんとな」

 と言ってカイラムおじさんは懐から古びた大きな鍵束を取り出した。


「それって、もしかしてイーベル伯爵邸の?」

「そのとおり。伯爵邸の鍵じゃよ」


 これを見て、初めて自分が伯爵家の門地を継いだのだと実感が湧いた。



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