第23話 論功行賞

 帝都へと帰還した四中隊は、異民族を屈服させるという大きな戦果を挙げた。


 さっそく私を含めた四人の中隊長はそれぞれの護衛と魔術師、軍官吏を連れて、皇帝陛下へ報告に向かう。

 謁見の間で控えていると、さっそく皇帝陛下が入場してきた。


「此度は異民族をわが国の支配下に置いたとのこと。ご苦労であった」

 ははあと三名の中隊長が応じた。

「それで、誰が彼らを服従させたのか。今回の戦において誰が軍功第一なのか。それをわが前に示せ」


 アンジェント侯爵が前に進み出る。

「それはもちろん、ベジルサ侯国を救いに向かったオサイン伯爵とアイネ子爵の功績が第一です」

 オサイン伯爵も自らの功を誇った。

「ベジルサ侯国を落とそうと異民族は全軍で攻めてきました。われらは二中隊のみでしたが、果敢にこれと戦ってついに彼らを退却に追い込んだのです」

 アイネ子爵がそれに続いた。

「われらは少数でありながら見事に奮闘し、帝国の威信を保ちました。異民族軍は再起不能なまでに討ち減らされたのです」


 彼らの言い分を聞いていて呆れてしまった。

 確かにベジルサ侯国を襲う異民族軍と戦いはした。

 それと退却に追い込んだり完膚なきまでに叩きのめしたりしたこととはまったくつながっていないのは、あの戦場にいた者ならわかるはずだ。

 このような詭弁を弄してこれまで栄達してきたのか。

 これでは地域の平和を維持することすらできないのではないか。


「ユーリマン伯爵、卿の意見を申せ」

「はい、陛下。此度の戦においては、異民族軍をいかにしてベジルサ攻略から引き返させるかが最も重要な役割でした。そして異民族の本拠地を狙って進軍したわれらの動きにかの軍は釣られて、全軍を引き返したのです」

「これは卿の発案か?」

「いえ、こちらに控えますベルナー子爵夫人の発案でございます、陛下」

「うむ、なるほどな」

 陛下は事の仔細を聞くと納得したようだ。


「お待ちください、陛下」

 アンジェント侯爵が慌てて口を差し挟む。

「異民族軍がベジルサから引き返したのは、損害が大きかったからであり、けっして本拠地を襲われそうだからではございません。現に異民族に残された兵はわずかであります」


「それは事実に反しますな。異民族が取って返した際、オサイン伯爵は二割の損害、アイネ子爵は二割八分の損害を出しております。これだけの兵を損ねているのに、それ以上の敵軍を倒したとおっしゃるのですか?」

 ユーリマン伯爵は確かにそのやりとりを直接聞いている。それは隠しようもない。

 だが、誰がどれだけ倒したかを客観的に考えるには、冷静に戦局を見ていた者でなければ難しいだろう。


「ユーリマン伯爵はこう申しておるが、オサイン伯爵、卿はいかほど余の兵を損ねたか」

「お預かりしたうちの二割五分でございます、陛下」

「私は三割の損害を与えてしまいました」

「その損害をもって敵兵を応分に倒したと卿らは主張したいのだな」

 ははっとふたりは応えた。


「ではユーリマン伯爵はいかほどの兵を損ねたのか」

「はい、私は一兵たりとも損害を出しておりません」

 悠然と応えたユーリマン伯爵へ向けて鋭い声が響く。

「戦っておらぬから損害が出ていないのです。陛下、損耗だけで功績を測るのは戦場の実態に反しております。戦場ではつねに命のやりとりが行なわれ、まともに戦っていればいくらかの被害は出てしまうものなのです」

 アンジェント侯爵は指摘していく。


 言いたいことはわからないではないが、それなら犠牲者を多く出した軍が最も優秀な指揮官ということになってしまう。

 言語道断だ。


「ここに来てまだ発言をしておらぬな、ベルナー子爵夫人。そなたの中隊はいかほどの損害を出したのか」

「はい、陛下。私の中隊では残念ながら五分の者が戦死致しました。お預かりした兵を損ねてしまい、ご不興を被る覚悟はできております」

「やはりそなたの戦い方では敵兵を退却に追い込めなかったのだ」

 侯爵の話は短絡にすぎる。


 事実、異民族軍が兵を返したのはわれわれの動きに釣られてのこと。

 それは異民族軍の幹部を連れてくればわかることだ。


「畏れながら陛下。発言をお許しくださいませ」

「軍官吏ごときがなに用か」

「はい、此度の戦において、ベルナー子爵夫人は異民族軍の指揮官を捕らえております。かの者から話を聞くのが最も正しい判断だと存じます」

「ほう、指揮官を捕縛しておったか。ではその者をここに呼べ」

「陛下、その必要はございません。事実、オサイン伯爵とアイネ子爵が多大な犠牲を出してまでかの者らを退却に追い込んだのです。その事実は覆しようもございません」

 陛下は流し目で鋭い視線をアンジェント侯爵に放った。


「では、敵指揮官を呼んでも同様の発言をするはず。それならここに呼んでも不利はあるまい。敵指揮官をここに呼べ!」

 軍官吏のカイラムおじさんがただちに謁見の間を離れ、程なくして敵指揮官を連れて戻ってきた。


「そなたが指揮官か。なぜベジルサ攻略の途中で軍を引き返したのか。その理由を知りたい」

 異民族の指揮官は両手を合わせてあいさつした。


「は、陛下。それは戦のさなかに本拠地を奪われそうになったからであります」

「ベジルサ侯国を落としてから、再度奪い返しに行くこともできたのではないか?」


「そうしたら、またベジルサ侯国を奪い返されてしまいます。それならベジルサ侯国は放棄して、わが本拠地を守り抜くのが最善策です」

 やはりこの指揮官は用兵の道理がわかっている。

 わかっているから、本拠地を狙われて引き返さざるをえなくなったわけも理解しているのだ。

 できれば配下に欲しいものである。


「かの者はこう申しておるが、それでも侯爵はオサイン伯爵とアイネ子爵が彼らを追い返したと申すのか?」

 流れがこちらに傾いてきたな。ここからが正念場だ。


 さらに気を引き締めて交渉に当たらねばならない。



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