第22話 戦闘停止

 異民族軍が反転退却を企図したのを見て、順次伏兵が金鼓を打ち鳴らして襲いかかる。


 虚を突かれた敵軍は逃げる足を早めるが、雑木林のため方向感を失いながら散っていく。

 敵軍が逃げ散ったら、ある程度の兵数まで分散したら追わないように申し含んであった。これで主敵のみを追いかけられる。


 敵指揮官が雑木林を抜けようかするところで、アルメダさんの火炎魔法が再度発動した。

 逃げ切れる希望が見えただろうところを狙いすまされたように魔法で薙ぎ倒されていく。

 これでたいていの敵の足は止まる。

 最後の伏兵が飛び出して混戦を生み出していく。

 しかし逃げる希望を失った軍は脆いものだ。

 周りを囲まれて逃げ場を失った兵が順次投降してくる。

 だが投降者をその場に残して、指揮官のみを目指して進軍し続けた。


 そのとき、ようやくオサイン伯爵とアイネ子爵の軍が戦場に現れた。

 遅い。今までなにをやっていたのか。

 一兵残らず殺さずにおけない信条だとでもいうのか。


 アルメダさんが私のもとへ帰還すると、帝国軍は敵軍を包囲するべく両翼を広げた。

 本拠地が目の前であり、今にも突破できそうに思わせつつ、その退路を火炎魔法によって断ってしまう。

 「を焼く」ことで逃げ場を封じたのだ。

 そして目の前からはもうひとつの帝国軍がこちらへ向かってきて、程なくして包囲陣が完成するだろう。


「ボルウィック、敵に降伏を勧告してください。これ以上は無益です」

「いいのですか? ここで敵を殲滅したら、オサイン伯爵たちより手柄を主張できると思うのですが」

 彼の言いたいこともわかる。

 だが、勝負が決まっているのに、これ以上兵を損ねるのは本意ではない。


 生き残った彼らには、また別の使い途があるのだから。

「よいのです。勝敗はすでに決していて、これ以上のわが軍に犠牲を出すわけにもまいりません。それに彼らには私の役に立ってもらいますから」

「彼らが子爵夫人の役に立てるのでしょうか?」


「彼らの意志は問題ではありません。これからはアルマータ共和国との戦をにらんで、彼らを帝国の支配下に置けさえすればそれでよいのです。そうするだけで異民族はセマティク帝国に帰順したかのように見えますからね」

「なるほど。彼らの意志がどうこうという話ではありませんね。大国同士の駆け引きがすでに始まっているわけですね」

 そういうことだ。


 ボルウィックに進軍停止の太鼓を叩かせるよう指示を出し、程なくしてわが軍は前進を止めた。

 異民族軍は困惑しているようだが、こちらの半包囲陣の手薄なところから逃げようにも、ベジルサ侯国から戦ってきた帝国軍が遮ろうとする。

 もはや退路はないのだ。

 ボルウィックへさらなる降伏勧告を告げさせた。

 「降伏すれば命は保証する」と約束してである。


 半包囲陣のままではオサイン伯爵らが突進するスキを与えてしまいかねない。

 敵の戦意が喪失したからには完全な包囲下に置いて、彼らに異民族軍を倒させないよう配慮するべきだろう。

 ウィケッドとバーニーズに指示して包囲網を完成させた。

 これで彼らの身の安全は確保できる。


 オサイン伯爵たちがようやくたどり着いた頃には、すでに戦は終結していた。

「そこの帝国軍、道を開けよ! われはオサイン伯爵であるぞ!」

 やってくるのが遅すぎる。

 もし残敵掃討などしていなければ、完璧な挟撃戦さえ演出できたというのに。


「農家の小娘! 早くここを通さぬか!」

 伯爵にいちばん近いウィケッドが対応する。

「恐れ入ります、オサイン伯爵閣下。戦はすでに終わっております。これ以上の戦は無意味、とのベルナー子爵夫人の指示を受けております」

「終わったとはなにごとか。敵はまだ生き残っておるではないか」

「彼らはすでに投降しております。投降者を討つおつもりですか?」

 ぐぬぬと苦い顔をしているようだが、あいにくここからは細かな表情が見えないな。

 馬を走らせて彼らに近づいていった。

「子爵夫人はいずこか」


「ここにおります、伯爵閣下」

 私は悠然と歩み寄り、馬を下りてあいさつをした。

「異民族軍は滅ぼさねばならぬのだ。そうしなければいつまで経ってもセマティク帝国はその脅威を受け続けるのだ! それすらわからんのか、小娘が!」

 その物言いを聞いたボルウィックが彼に近づこうとしたが、それを手で制した。


「彼らはこの戦を機にわがほうへ帰順することになります。未来の味方を減らしてもよいとお考えですか、伯爵閣下」

「こやつらが味方だと? 笑止!」

「ここで寛容になれなければ、アルマータ共和国とどのようにして戦うおつもりでしょう?」


「やつらと戦えるものか! 兵力が桁違いなのだぞ! しかもわがほうには存在しない未知の兵器を有しておる。勝てるはずがないのだ」

「だから異民族と戦って、手柄を立てたフリをするのですか?」

「フリとはなんだ、フリとは! わしらは命を懸けて戦っておるのだぞ」

「潜在的な脅威は無視して、ですよねオサイン伯爵」

 これはけっこう根深い問題かもしれない。


 わが軍はアルマータ共和国と戦わないように、あえて異民族と戦って一進一退していたのだ。

 茶番もいいところではないか。


「まあまあオサイン伯爵、とりあえず戦は終わったのだ。あとはわれらが異民族と話し合って、こちらの陣営に引き入れる交渉を行なわなければならないのですぞ」

 丘の上から馬を飛ばしてきたユーリマン伯爵が割って入る。


「ユーリマン、貴様までもが! だからパイアル派は道理がわかっておらんのだ。アルマータ共和国に勝てると本気で思っておるのか?」


 少なくとも、勝てないと思い込んでいるアンジェント侯爵派よりも、勝つ公算はあるはずなのだが。


 “故に善く兵を用うる者は、人の兵を屈するも、戦うに非ざるなり”と『孫子の兵法』謀攻篇第三にある。

 “敵を屈服させて、戦わずにして勝つ”ということだ。


 アルマータ共和国のやり方は、この原則を地で行っているような気がする。


 やはりアルマータには私のような転生者がいるのではないか。

 だとすれば、戦いづらいかもしれないな。



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