魂玉《ソウルジェム》


 休憩所までの道すがら二人の身の上を聞いた。

 ロコの年齢は、12歳。

 彼の耳が尖っているのは、ハーフエルフと呼ばれる人種だからだった。

 驚くことに、彼から「呪術を見られましたし、隠す必要もありません、私は呪術師です」と紹介された。

 良く解らないが、最初に見かけた時、彼ら二人の姿がぼやけて見えたのは、不思議な力のお陰らしい。


 因みに、ロコは、自分の実家の家名を言いたく無いようだ。

 彼にも事情はある。

 そっとするのが、文明的対応というものであろう。


 今の彼らは、実家が没落したので、一緒に落ち延びた猫耳のニャムスと、色刷り本を扱う行商人をやっている。


 次に、猫耳少女ニャムスを紹介してくれた。


 彼女は、チャトラ族に連なる獣人族の娘だそうだ。

 年齢の方は、「女の子に年を聞くのは失礼にゃ」と、拒否されたが、ロコに、「コイツの年齢は20歳です」と、すぐに暴露された。

 ニャムスは、「大人の女の年齢教えるとか、ロコ様はデリカシィが無いにゃ、ヒドいにゃ」と、怒っていたが、とても大人の女に見えない。

 彼女は、ロコの警固ロイヤルガード兼使用人の立場で働いていた。


 二人とも若いのに、苦労しているようだ。


 そして、彼らからの名告なのりを受け、俺も名告なのろうとしたのだが、困ってしまった。

 どうしても思い出せなかった。

 森でトカゲと闘ったとき、腹の底で残る名の残滓を全て使い切り叫んだ気がするのだが、あの意味不明な発音をもう一度再現するのは不可能だ。

 むしろ、人の喉から出てくる音ですら無い。

 ソウルの奥底にはもう、名の残滓は残ってない。

 名前を思い出すには、どうすれば良いのかさえ解らなかった。


 頭をヒネる俺に、ロコの方から質問された。


「それで、御武人様はどちらの御家中の方でしょうか?」


 ロコが尋ねたのは、俺の所属であった。


「うーむ、それなんだが……」


 今の俺は、名前どころか、自分が何者なのかすら覚えてない。


「うーむ、俺自身の記憶だけが抜け落ちていてな……覚えているのは俺が常識をそなえた文明人である事だけなのだ」


「……」

「……」


 俺の要領を得ない返事に、二人とも困っている。

 だが、気を取り直したロコが、俺に尋ねた。


「えっと、その物凄い肉体、てっきり二つ名ネームドが憑いた、武名ブメイホマレ・・・高き武人ブジンとお見受け致しましたが、何も覚えてないのですか?」


 二つ名ネームド

 武名のホマレ・・・高い武人?

 さっきから時々出てくる言葉だが、非常に気になる言葉だ。

 いずれも強い奴を言い表してるのだろうとは分かる。

 そして『武名』とは、恐らく名前の事だろうか。

 俺も自分の名前を思い出したい焦りにも似た気持ちが有るのだが、このままではどうにもならない。


 しょうがないので、正直に俺の現状を伝える。


「うーん、すまねえな、よく分からねえんだが、俺は自分の名前を思い出すことすらできないのだ。名無しとでも呼んでくれるか」


 名前を思い出せない対案として『名無し』と名告った。


「え? ええ、よろしいのですか?」


「ああ、一つ頼むぜ」


「……では、名無し様と呼ばせて貰います」


 ロコは、俺を名無しと呼ぶのに一度は同意したものの、まだ小首をかしげている。

 俺の方も、記憶に問題が多く、どう説明して良いものやら解らない。

 良く解らないなりに手がかりを求め、二人との会話を続けた。


「ところで、この場所はどこなんだい?」


「この場所ですが、ハイネル覇王府の首都西方に拡がるハインダー大森林狭間ダンジョン地帯を貫通する森林街道です」


 これまた知らない場所だった。

 特に、ハイネル覇王府とは何だ?

 この辺りを治めてる国なのか?


「ハイネル覇王府?」


 何も解ってない俺を察してくれたロコとニャムスが、二人そろってコクンとうなずく。


「はい、10年前、アトラス大陸を平定した覇王ガルマ・ズム・ハイネル様がまつりごと府を開いたハイネル覇王府です……あの、それもご存じないのですか?」


 大陸の名前も、国の政体も、いずれも耳慣れない名前だった。


「うむ、全く記憶に無い」


「……そうなのですか」


 と、ロコが話したのに、俺の腹が反応した。


 グゥウウウウウウウウウ~


 大きな腹の虫が鳴った。


「あ、しまった、余計な話しをし過ぎました。歩きながらですが携帯の旅行食を出しましょう」


「ああ、すまんな。そうしてくれると有り難い」


 俺の空腹ハラペコも限界のようだ。

 さっきから音が止まらない。


 俺が頭を下げると、ロコは歩きながら腰の小袋をゴソゴソとまさぐり、円盤状の旅行食を取り出した。


「どうぞバリボリです、少々堅いので、口の中で充分にふやかしてから噛んでください。塩味が効いてますが食べ慣れれば乙な味ですよ」


 俺は、待望だった塩味と聞いて嬉しくなっていた。


「いいのかい?」


「どうぞどうぞ、旅は道連れと申します」


 俺は、食い物を受け取りガッついた。


 バリッボリボリバリボリッ……


 極限まで水分を飛ばしてカチカチになった旅行食を丈夫なアゴで噛み砕く。

 塩を混ぜた練り小麦を二度焼きしたものだ。

 塩味が効いていて、じつに美味い。

 さらに、ボリボリ噛みしめると、なんとも言えない甘みが口の中に拡がった。


「うめえ、うめえ、うめえ、うめえ。ありがてえ、この礼は必ず返すよ」


「いえいえ、ただの旅行食ですよ。干しイチジクも有りますからどうぞ」


 干しイチジクを受け取り、口の中に放り込む。

 塩味の口に甘味が拡がる。

 空腹ハラペコの胃の腑に食が落ちると、活力が湧いてくる。


 実にありがたい。


「甘い物まですまねえ、益々申し訳ない……そうだ!」


 懐の中にしまった輝く穴あき石を思い出した。

 食事の礼に丁度良かった。


「そうだ、コレコレ、キレイな石だろ、飯の代わりにもらってくれ」


 ゴソゴソと、懐から例の石を取り出したら、ロコとニャムスが変な声を出した。


「へぁっ?」

「ウニャ?」


「礼のつもりなんだが、この石じゃダメか?」


 俺は、ロコの手を取り、そのまま石を乗せた。

 彼には石が重かったのか、その手から落としそうになって慌てて握り治している。


「おい、大丈夫か?」


「だ、大丈夫です……え、これ魂玉ソウルジェムですよね?」


 ロコ少年は、薄緑色をした穴あき石と、俺の顔を何度も見比べた。


「ソウルじぇ?……良く分からんが、森で手に入れた物だ。綺麗だから持って帰ったが食い物の礼だ、これで足りるかい?」


 ソウル何とかは、どうやらただの石ではなさそうだ。

 俺の返答に、変な顔して石を見つめる二人が叫んだ。


「え、えー」

「ウ、ウニャー」


「ふぁっ、えーー、い、いや、もう一度お尋ねしますが、これソウルジェム魂玉ソウルジェムですよね?」


魂玉ソウルジェム?」


 今度はちゃんと聞き取れた。


「えっ、えっとですね、生き物の体内には魂玉ソウルジェムが宿るのはご存じだと思いますが」


「いや、知らんよ」


 ご存じと言われても知らんものは知らないのだ。

 素直に知らないと答えるしか無い。


「えーっと……宿るんです」


「へー」


ソウルとは、肉体に宿り、精神と肉体の活力を産み出す力のみなもとです」


「ふむ」


「そして、ソウルは、体内のキモ・・へと宿ります……いいですか?」


「キモ?」


「はい、キモとはソウル御蔵みくらである臓器、生き胆いきぎものことです」


 ロコの説明で、キモの意味は分かった。

 トカゲの腹の中から引きずり出した生き胆いきぎもだ。


「それなら解る」


「解ってくださいましたか、でしたら話は早い。キモの中で結晶化を起こしたソウルは、胆っ玉きもったまとか、魂玉ソウルジェムと呼ばれるジェムを作るのです」


 トカゲの生き肝から引きずり出したこの石の事だ。

 ただ、魂玉ソウルジェムソウルの結晶とか言われても、この石に何の価値があるのかさっぱり分からなかった。


「へー、なら何でこの石を見て驚いたんだい?」


「はい……この魂玉ソウルジェムの大きさは……これは、ちょとなあ……」


 ロコが、後ろのニャムスへ目配せをした。


「ウニャー、大きい魂玉ソウルジェムにゃ、天然物じゃ考えられにゃい大きさにゃ。穴も立派にゃ。よほど腕の良い錬金術師の錬成ジェムだと思うにゃ」


「だよな、さすがにこの大きさのジェムは、天然物なわけないよな。でも錬成ジェムで、しかもこの穴の大きさでは……通じてない可能性があるかな……エレ…コンクタン……」


 最後、ロコは意味不明の言葉を石の穴へと呟く。


 ブワッ!


 雲が湧き出るように、穴から光の粒が渦を巻きながら出てくる。

 渦を巻く光の粒は、俺の身長ほどのつむじ風を起こした。


 光のつむじ風が、辺りのホコリを巻き込みながら森の中へ消えて行くのを、俺達三人はあぜんと見送った。

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