第2話

エッグドームは、何万人もの観客で溢れ返っていました。

出場者の応援団はもちろん、歴史的瞬間を一目見ようと様々な種族が詰め掛けています。


有尾族、多眼族、水生族……


初めて見る種族も少なくありません。

正直、競技大会コンテストよりも、そちらに興味が惹かれるほどです。


ここに着いてすぐに身元確認が行われ、休む間も無く会場に追い立てられました。


これから開会式が催されるからです。



パァァン♫ パラパパパパァァン♫ パラパパ……



華やかなファンファーレにのって、百名近い出場者が入場します。

鮮やかな民族衣装に、個性的な容姿……

客席から盛大な拍手が巻き起こりました。


「こ、これって……予行演習が無いから、どうするのかよく分かんないな」


緊張でカチコチになりながら、私は呟きました。


「大丈夫デス、マスター。前の人のマネをすればいいのデス!」


その言葉に横を向くと、シロップが四つん這いになって歩いています。


「な、何やってんだ?君は!」


見ると、シロップの前には犬歯族がいます。

見た目は犬にそっくりで、四つ足歩行する種族です。


ワォォォーン


その犬歯族が、突如遠吠えを上げました。


「うわぉぉ……モガっ!?」

「わ、バカ!やめなさい!」


私はマネて吠えようとするシロップの口を、慌ててふさぎました。


全くもう……恥ずかしいったらありゃしない……



やがて、全ての出場者がドームの中央に整列しました。

私とシロップも、端の方にポツンと立ちます。

ドーム中が歓声に包まれました。

派手な横断幕に、声を張り上げる観客。

様々な種族の、様々な応援が始まりました。

それにこたえるように、出場者も手を振ります。


その光景を、私はポカンと眺めるしかありません。

さすらい職人パティシエの私に、応援団などいるはずは無いからです。


零人れいとさまー!」


後方で、聴き覚えのある声がしました。

振り向くと、小さなつのの生えた綺麗な女性が手を振っています。


「あれは……マ・シュマロ姫!?」


間違いありません。

以前に秘伝のレシピで窮地を救った、レス・トラーン王国の王女様です。

(『さすらいの異世界職人』ご参照よろぴく!)

どうやら、応援に駆けつけてくれたようです。


「ありがとうございまーす!」


私は急いで手を振り返しました。

それに気づいたか、姫の顔が満面の笑みに変わります。

おかげで、元気が湧いてきました。


「ムコどのー!」


これまた後方から、聴き覚えのあるがしました。

振り向くと、四本腕の大男がこぶしを振っています。


「……あれは!?」


間違いありません。

多肢族の族長でシロップの父上、シュガー王です。

族長みずから応援に来るとは、驚きです。

拳を振るたび、前後左右の観客が吹っ飛んでいます。

おかげで、せっかく出た元気がしぼんでしまいました。


それにしても……『ムコ殿』って……?


「お父さまー!」


横にいるシロップも、嬉しそうに手を振ります。

わだかまりも解け、今はすっかり仲良し親子になったようです。

(『さすらいの異世界職人Ⅱ』ご参照よろぴく!)


「おおっ、シロップー!この大会、なんとしてもムコ殿に勝ってもらわにゃならん。我が種族の命運がかかっとるからなー!お前もそのつもりで頑張るんじゃぞー!」


「分かりましたー!お父さまー!」


いや、待て待て!


多肢族の命運だと……


一体、なんのことだ?


なんか知らないとこで、変な話になってるんですけど!?


「シロップ。命運て、一体……?」


私は問いただすように、シロップの顔を見ました。


「昨日、お父様に競技大会コンテストの話をしたのデス。そしたら、いたく乗り気で……」


すぐにシロップの目が、キラキラと輝き出しました。


「優秀したあかつきには、マスターを次期族長に迎えたいとおっしゃられて……」

「次期族長?それって、ひょっとして……キミと、その……結婚するってことだよね?」


私は顔を赤らめながら確認しました。


「その通りデス!三日三晩土に身を埋めて、永遠の愛を誓い合うのデス……キャっ♡」

「いや、キャじゃない。なんだ、って?」

「多肢族の結婚の儀式デス」

「三日間もっ!?」

「勿論、頭は出しておきます。たまに水をかけられます」

「まるで鉢植えだな。やだよ、そんなの」

「ワタシと結婚は……イヤですか……?」


シロップが潤んだ目で、悲しそうに見上げます。


「い、いや、別に……そういうワケじゃ……ないけど」


私はしどろもどろで返しました。

途端に、シロップの表情がパッと明るくなります。


「それでは、一緒に埋まってもらえますか♡」

「なんか、言い方コワイな、それ!」


私はシロップの前に立つと、改めて顔を見つめました。


「ともかく、まだ族長になる気は無いから……余計なことは考えずに、今は競技に集中しようよ」


別に、シロップのことが嫌いなワケではありません。

明るいし、素直だし……

調理の腕はまだまだですが、やる気は人一倍だし……

何より、一緒にいて毎日が楽しい。

ピントはずれなところも、愛嬌があって憎めません。


そんな彼女との関係を、今はもう少し大事にしたい。


先の事は……


それからでも、決して遅くはないはずです。


私の思いが伝わったのか、シロップはコクリと素直に頷きました。


「分かりました。マスターがそう言うなら……とりあえず、穴は一旦埋めてもらいます」


「いや、もう掘ってたんかい!?」

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