第15話、そして、もう一度やり直す
オルステッド帝国の城下町、その外れに小さな喫茶店がある。
なかなかの寂れ具合だが、ここで出るコーヒーはとても美味いち、一部の愛好家には人気があった。
分かりづらい場所にある喫茶店で、来店するお客様はかなり少ない。一日に数組がいいところ。
でも、毎日来る常連さんも、中にはいた。
「いらっしゃーい」
「いつものを」
「はい、激苦コーヒーですね」
「……その名前、何とかならんのか?」
常連さんこと、カルセインは苦笑する。
すると、女主人のアディことアデリーナは、クスっと笑った。
「あなたしか頼まないし、名前なんて何でもいいでしょう?」
「む……」
アデリーナは、カルセイン用のカップをカチャカチャ鳴らし、コーヒーの準備をする。
すると、カルセインは心配そうに見ていた。
「なに?」
「いや、その……身重なのだ。その、えっと、やはり、店はしばらく休みに」
「だから、大丈夫だって。エレンもいるし、お客はあまり来ないしね。それに……うまく隠れてるみたいだけど、お店の周りに護衛が大量にいるでしょ? それに、お医者様も待機させてるし」
「な!? なな、なぜわかった」
「エレンが見つけたのよ。まったく、心配性なんだから」
「…………む」
アデリーナは、妊娠した。
仮面舞踏会の後、互いの正体をバラし、離縁は取りやめとなった。
仮面舞踏会から一年後……アデリーナは妊娠。屋敷で静養ではなく、いつも通りに喫茶店を経営している。カルセインとの話し合いの結果、喫茶店はこのまま経営を続けることになった。
カルセインの出した条件は、護衛の配置。
アデリーナの条件は、護衛も配置していいが、普通のお客さんを威圧しないようにすること。
「ね、カルセイン。男の子と女の子、どっちがいい?」
「選べん」
「だ、断言するわね……だったら、両方とかどう?」
「え?」
「ふふふ。実はね、双子みたい。男の子と女の子のね」
「何ぃ!? そ、そんな報告、来ていないぞ!!」
「あはは。私が言うから言わないで、ってみんなに口止めしたの。はい、コーヒー」
「う、うむ」
この一年で、カルセインとアデリーナは本当の夫婦となった。
カルセインも、戦後処理がようやく落ち着き、屋敷に必ず戻るようになった。夕食と朝食は、欠かさずアデリーナと共にしている。
カルセインは、コーヒーを一口啜り、小さく息を吐く。
「やはり、お前のコーヒーは絶品だ」
「ありがとう、常連さん」
「ん……その呼び方、くすぐったいな」
「だって。運命みたいじゃない。お店の常連さんが、私の店のお客さん第一号だなんて」
「確かにな……まさか、こうなるとは」
「そうね」
カルセインはコーヒーを飲む。
アデリーナは、カルセインをからかいながらコーヒーのおかわりを注ぐ。
城下町の外れにある、小さな喫茶店。
この国の英雄と、その妻が出会い、今もこうして笑っていることを知る国民は、いないだろう。
「ね、カルセイン」
「ん?」
「子供が生まれて大きくなったら、私とあなたの出会いを話してあげましょう。このお店で、私の淹れるコーヒーを飲みながら」
「それはいいな。だが……子供たちに飲ませるなら、砂糖とミルクを大量に用意しないとな」
「そうね。ふふ……」
アデリーナは笑う、カルセインは微笑む。
女主人と常連さんであり、夫と妻。
カウンター越しに、二人は笑い合う。
アデリーナの淹れた苦いコーヒーから、ふわりと湯気が立ち上った。
─完─
出会いは小さな喫茶店~互いの顔を知らない夫婦は恋をする~ さとう @satou5832
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます