第14話、仮面の下

 カルセインは、アデリーナと向き合っていた。

 仮面を被った、プラチナの髪の女性。

 自分の妻。だが……戦いばかりで女性に関わったことがないカルセインにとって、妻という存在はまだよくわかっていない。

 そんな妻ことアデリーナは、くるっと踵を返す。


「せっかくだし、散歩でもしませんか?」

「パーティはいいのか?」

「ええ。正直、騒がしいのは好きではないので」

「そうか」


 二人は、仮面をかぶったまま歩きだす。

 少しだけ歩いたが、アデリーナはすぐに察した。


「何か、お話があるんですね」

「……ああ」

「ふふ。初めて会った旦那様。仮面を被ったままの旦那様は、どんな話をしてくれるのかしら」

「…………」


 カルセインも察した。アデリーナは、気付いている。

 アデリーナは、ハイゼン王国から贈られた妻だ。だが、もう一年以上経過した……離縁しても、そう傷は大きくない。身体も綺麗なままだし、新しい恋をして生きることもできるだろう。


「大丈夫です」

「……え?」

「旦那様。気になるお方がいるのでしょう? それでも、私に遠慮して、言葉を斬りだせないでいる……とても、優しいお方。本当に……」

「…………」

「私もです」

「え?」

「私も、気になる人がいるんです」

「……そう、なのか?」

「はい」


 アデリーナとカルセインは、中庭を抜けた先にある広場に来た。

 ベンチが並び、小さな川が流れている。とても心地の良い場所だ。

 二人は向き合った。

 そして、カルセインが切り出す。


「私は……恋をした」

「……はい」

「とある小さな喫茶店を営む、一人の女性だ。ころころと表情が変わるのは見てて面白いし、彼女の淹れたコーヒーは、本当に私好みでな。気が付くと、僅かな休憩時間のたびに、仕事を抜け出して彼女の店に足を運んでいた」

「……ん?」


 アデリーナ、思わず首を傾げてしまう。

 物凄く、心当たりのある話だった。


「あの、町はずれにある小さな喫茶店の女主人……私は、彼女に恋をしてしまった」

「あ、あの~……」

「彼女を迎えるには、様々な障害が待ち受けるだろう。だが……不思議と、苦ではない。それらの試練も、今の私なら乗り越えられる」

「ちょ、待った!! 待った!!」

「……なんだ?」

「あの。旦那様……これ、離縁の話、ですよね」

「あ。ああ」

「そっか……ぷ、あは、あはははははっ!!」

「な、何がおかしい!!」


 カルセインは、仮面を外した。

 アデリーナは確信する。目の前にいるのは……大好きな、常連さんだ。

 そして、アデリーナも仮面を外した。


「ばあ」

「……は?」

「ごめん。実は私───シルバーレイ公爵夫人なの」

「…………は?」

「髪は、ウィッグで誤魔化してたわ。まさか、旦那様が常連さんだったなんて」

「…………」

「わかる? 私よ、喫茶店の女主人」

「………ど、どういう」

「エミリオから聞いてたでしょ? 私、公爵家で仕事を終えた後、町に出てるって。実は……町で喫茶店を開いてたのよ。旦那様がいつ離縁を斬りだしても、生きて行けるようにね。まさか、その旦那様が常連さんだとは思わなかったけどね」

「き、きみが、きみが……あの、女主人なのか!?」

「そうよ。もう、なによこれ、バッカみたい」

「…………夢、じゃないよな」

「えいっ」


 アデリーナは、カルセインの頬をつねった。


「夢じゃない、でしょ?」

「……公爵夫人が、町で喫茶店を経営するという夢ではない、よな」

「ええ。これが現実。改めて……私はアデリーナ。シルバーレイ公爵の妻にして、城下町の片隅にある小さな喫茶店の、女主人。よろしくね、旦那様……ううん、常連さん」

「……っぷ」


 そして───カルセインは、噴き出した。


「あ、ハハハハハっ!! もう、わけがわからん。もう……なんだこれは? 妻と離縁して、女主人に告白しようと悩んでいたら、まさか妻が女主人だった? なんだこれは、ファンタジーか?」

「現実。で、どうする? 離縁するの?」

「まさか」


 と、カルセインはアデリーナを抱きしめた。


「アデリーナ。改めて言わせてほしい。今度は自分の意志で……」

「はい」

「どうか、私の妻になってほしい」

「もちろん。喜んで……」


 二人は優しく抱き合い、月明かりの下でキスをした。

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