第11話、ついに来た、その日

 アデリーナがオルステッド帝国へ来て、ちょうど一年が経過した。

 この一年、アデリーナはよくやった。ほとんどやることがないとはいえ、公爵夫人としての仕事を文句の一つも言わずにこなし、一度も顔を見せない夫への不満を周囲に漏らすこともない。

 公爵家の使用人たちも、徐々にアデリーナを認めるようになった。

 だが、一つだけ……どうしても気になることがある。


「エミリオ、今日のお仕事はおしまいかしら?」

「はい。お疲れ様です。奥様」

「そう。じゃあ、ちょっと出てくるわね」

「……はい」


 アデリーナは、仕事を終えるとどこかへ出かけてしまう。

 護衛の騎士も付けずに、メイドと二人だけでどこかへ消えてしまうのだ。何度か護衛騎士を付けるように言ったが、騎士が数名、アデリーナの専属メイドに叩きのめされてから、護衛は不要になった。

 そして、後を付けることも禁じられた。一度、後を付けようとしたが、メイドにあっさりと撒かれた。あのメイドは只者ではないと、エミリオは冷や汗を流したものだ。

 なので、エミリオは思い切って聞いた。


「あの、奥様……奥様が来て、もう一年になります」

「ん? そうねぇ……未だに、旦那様に挨拶もしていない、薄情な妻だけどね」

「それは……」


 アデリーナは、未だにカルセインに会っていない。

 さすがに一年は有り得ないのだが……あまりにも、あまりにも運とタイミングが悪すぎる。ここまで来ると、呪われているのではないのかというくらい、二人はすれ違っていた。


「奥様。そろそろ、お教えください。仕事を終えたあと、どちらにお出かけなのですか?」

「んー……そうねぇ。いつまでも隠してはおけないしね」

「では」

「ん、教えてあげる。一緒に行くわよ」

「は、はい」

「あ、でも……エミリオ、あなただけに教えるからね。他の人に言っちゃダメよ」

「……」

「もちろん、悪いことなんてしてないから!」


 こうして、アデリーナはエミリオを連れ、喫茶店へ向かった。


 ◇◇◇◇◇


 到着したのは、古い喫茶店だった。


「…………え?」

「ここ、私のお店なの」

「え」

「さ、入って」


 馬車から降り、喫茶店の裏から店内へ。

 すると、アデリーナのメイド、エレンがエプロンを付け、食材の下ごしらえをしていた。


「お疲れさ……え? あ、アディ」

「エリ、ごめん。そろそろ、隠しておくのは限界でね」

「……奥様、説明をお願いしても?」

「ええ。その前に、ちょっと着替えてくるから」


 アデリーナは二階へ。そすて、数分で着替え戻ってきた。

 髪色が金色に代わり、無造作に結んでいる。そして、安っぽいシャツとエプロンを付けている。

 あまりの変わりように、エミリオはポカンとした。


「あ、ごめんね。髪色、目立つからウィッグで誤魔化しているの」

「……えっと」

「つまり、こういうこと。私は公爵夫人のお仕事を終えたら町に出て、この喫茶店の女マスター、アディとして働いているのよ」

「…………な、なぜ?」

「ま、暇つぶしにね。それと……仮に離縁されても、生きて行けるようにね」

「…………」


 アデリーナは、少し悲し気に微笑んだ。

 エミリオは、気付いた。

 一度も会いに来ない夫カルセイン。この夫婦に、愛はない。

 もし、カルセインが真の愛に気付いた時、アデリーナはきっと邪魔になる。それこそ、ササライ王国から送られた花嫁でも離縁してしまうかもしれない。

 

「奥様……」

「ごめんね、黙ってて。ホントは、こんなことすべきじゃないんだけど。でも……私にはもう、ササライ王国にも帰れないから」

「……」

「でもね、けっこう楽しいのよ? 貴族相手にお茶するより、こっちのが楽しいわ」


 アデリーナは笑った。

 アデリーナは、エミリオのためにコーヒーを淹れようとする。だが、エレンが何かに気付き、エミリオを連れてダッシュで二階に駆け上がった。

 同時に、入口のドアが開く。


「マスター、いつものを」

「あ、いらっしゃい」


 入ってきたのは、カルセインだった。


 ◇◇◇◇◇


 二階に連れ去られたエミリオは、エレンに拘束されるように部屋に入れられた。


「な、何を」

「申し訳ございません。アディの大事なお客様がいらっしゃったようですので、邪魔者は退散……ということです」

「だ、大事な客?」

「はい。男性の方です」

「なっ……」

「そこで……お願いが」


 エレンの、有無を言わさぬ言葉にエミリオは押される。


「どうか……アディ、いえ、アデリーナ様と、旦那様が離縁するよう、協力をお願いします」

「……」


 エミリオは、エレンの拘束を外し向き直る。

 

「どういうことですか?」

「わかっているでしょう? アデリーナ様と旦那様の間に、愛はありません。今、下にいるお客様は、アデリーナお嬢様が愛しているお方なのです。あのまま、公爵家に縛り付けられるより、心と身体が綺麗な今の状態で、離縁して欲しいのです」

「…………」

「一年。お嬢様は耐えました。そろそろ、解放していただけないでしょうか」

「貴族の結婚というものは、そう甘いものではありません」

「ええ。わかっています……ですが、私はお嬢様に、幸せになってほしいのです」

「…………」

「お願いします。あなたが旦那様に口添えをすれば、あるいは……」

「…………わかりました」


 カルセインにも、責任はある。

 確かに、一年も顔を合わせない新婚夫婦など、異常としかいえない。

 

「私の方から、旦那様に話してみます」

「ありがとうございます」


 そう言って、エミリオはドアを見た。

 アデリーナが愛した男性とは、どんな人間なのだろうか……そんなことを考えて。

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