第12話、離縁へ向けて
「……何?」
「ですから、旦那様。もう一年です……そろそろ、離縁をされては?」
「…………」
エミリオは、カルセインにアデリーナとの離縁を提案した。
久しぶりに屋敷に戻り、執務をしているカルセイン。アデリーナは喫茶店で仕事をしているので屋敷にはいない。未だに、顔を合わせたことのない二人だった。
カルセインは、コーヒーを飲む。
「なぜ、離縁と?」
「その、奥様と未だに顔も合わせていませんし。奥様はまだお若いですし、その……気になるお方もいるかもしれません。旦那様、旦那様もその、誰かいないのですか? 気になるお方」
エミリオは、自分の語彙力のなさを恨んだ。
離縁をさせるための言葉など、出てくるわけがない。
だが……カルセインは、考えていた。
「…………」
思い浮かぶのは、喫茶店のマスター。
異性を愛したことはない、が……女性と聞かれると真っ先に浮かぶのは、あの喫茶店のマスターだった。もし、もしも……あのマスターを妻に迎えたら?
喫茶店はそのまま経営しても構わない。自分がコーヒーを飲みに行けばいい。子供が生まれたら、どこか旅行に行くのもいい。珈琲豆で有名な東国へ向かうのも悪くない。
「……様、旦那様!!」
「ん、あ、ああ。どうした?」
「いえ、どうしたではなく、話かけてもお返事をされないので」
「……あ、ああ。すまん」
妄想に浸っていたなど、言えるわけがない。
そして、カルセインもついに自覚した。
自分は、思っている以上に……あの喫茶店の女主人が気になっている。
妻にして、子どもを欲しがるくらいは。
「……はは」
だが……ここで、アデリーナのことを想う。
顔も知らない妻。一年も経つのに、未だに初夜すら迎えていない。
我ながら、最低な夫だと思う。そして最悪なことに、抱かずによかったと思う自分にヘドが出そうになった。あまりにも、最低である。
こんな、女心もわからない男が、離縁してすぐ新しい妻を迎えてもいいのだろうか。
「……わかった、いいだろう」
「そ、それでは」
「離縁は前向きに考える。だが……ケジメだけはつける。一度、妻としっかり話し合うことにしよう」
「だ、旦那様……では」
カルセインは、一通の封筒をエミリオに見せる。
「王族が主催するパーティの招待状だ。王の趣向で、仮面を付けての参加となる。妻と一緒に参加し、今一度確認する……離縁の意志を」
「……かしこまりました」
こうして、カルセインも離縁に向けて動き出した。
◇◇◇◇◇
「そっかぁ……」
アデリーナは、エミリオから仮面舞踏会についての話を聞いた。
喫茶店のテーブルを拭きながら言う。
「仮面舞踏会って、王族も変なこと考えるわねぇ」
「仮面はこちらで手配します。旦那様とは王城で合流し、パーティに参加をお願いします」
「わかったわ。たぶん、最初で最後のパーティーね」
「……」
「エミリオ、今までありがとう」
「そんな、私は何も」
「それと、迷惑をかけたわ。暇な時にでも、コーヒーを飲みに来てね」
「…………」
エミリオは、一礼して店を出た。
アデリーナは椅子に座り、ため息を吐いた。
「離縁、かぁ」
身体が綺麗な状態なのは、幸いだった。
離縁したら、馴染みの男に報告しよう。そして、想いを伝えよう。
アデリーナはそう思い、うん、と微笑んだ。
掃除を終え、少し休憩をしようとすると、ドアが開いた。
「いつものを」
「はいはい、いらっしゃーい。ちょっと待ってね」
常連客のカルセインだ。
いつもの席に座り、アディがコーヒーを淹れる様を眺めている。
そして、気付いた。
「……何か、あったのか?」
「あ、わかる? その……いろいろ、片付きそうなの。この店だけでやっていけそうなのよ」
「……そうなのか? 旦那はどうした?」
「ま、いろいろあってね……もうすぐ、お別れ」
「そ、そうか……」
カルセインも、動揺した。
これはチャンス……そんな風に思っている。
「実は、その……俺の方も、いろいろありそうだ。しばらく、忙しくなる」
「そうなんだ。大変そうねぇ」
「まぁな」
苦いコーヒーを啜る。
互いに、言葉はない。だが……この時間が、とても居心地がいい。
アディはお代わりを用意し、カルセインは焼きたてのクッキーをサクっと齧る。
「……なぁ」
「なぁに?」
「コーヒー、美味い」
「ん、ありがとう」
「本当に、美味い……毎日、毎朝飲みたいくらいだ」
「ほ、ほめ過ぎよ……もう」
「冗談じゃないさ。本当に、美味い」
コーヒーを飲み欲し、カルセインは立ち上がる。
そして、お代を支払い、アディに言った。
「全て片付いたら、話したいことがある」
「……え?」
「その……待っててくれ」
そう言って、カルセインは店を出た。
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