第12話「シンドーと大学」

 だいぶ間が空いてしまいました。学期末ということで大学の期末試験を作ったり他の先生の試験を確認したりとかなりバタバタしておりました。『日本語教師バタバタ噺』の名に恥じぬ多忙っぷり。

 

 この職場との最初の出会いは2006年。私がこの大学に入学した時から始まる。私は別段日本語教師を目指して入学したわけではないのだが、実は我が母校は留学生教育に関してはなかなかの老舗大学。日本語教育をメインとする大学院もある。

 詳細はまた別の機会に書くが、私は長く大学院で研究したいと思っておりタイから帰国後に母校の大学院にお世話になった。

 更に大学院修了後、奇跡的に母校から声がかかりそのまま働くことができた。この時は本当に嬉しかった。


 この大学にはJICAを通してやってくる国費留学生も多い。日本語学校とはまた違った国の学生が多く、大学で働かない限りはまず接点がなかっただろう国々の学生に日本語を教えられ、本当に良い経験をさせてもらった。


 今回は日本語学校では教えたことがない、やや珍しい国の学生について書こうと思う。前振り長いな!

 具体的な国名を出すのは悩んだが、やはり馴染みのない国の学生の話はみなさん気になるだろうし。今回はその中から中東の二カ国をご紹介する。

 ただ一点気をつけていただきたいのは、私が書く学生とのやり取りや感想はあくまで一例にすぎないということだ。私の経験談を書くだけであり、その国の人が全員同じステレオタイプに当てはまるわけではない。日本人だって納豆が苦手な人もいれば野球に興味のない人もいる。サッカーに興味のないスペイン人も、ドリアンが苦手なタイ人もいるのだ。一例をユニバーサルなものだとは解釈しないでいただきたい。

 蛇足だが、野球に興味のない日本人の一人が私。納豆が苦手な日本人の一人は30歳以前の私だ。30歳前に食べ物の好き嫌いをなくしたくて克服したから、今はたいてい冷蔵庫に納豆が準備されている。茨城出身だし。


 

 まず初めに紹介するのはトルクメニスタン。

 頭の中の世界地図を見て「ああ、あそこね」となる人はどれぐらいいるだろう。『〜スタン』ということで旧ソヴィエトの影響があるエリアだとは伝わるだろうが。

 トルクメニスタン人はとにかく真面目だ。ものすごく熱心。『あの学生、ちゃんと課題をやってくるだろうか』なんて心配、教師をしていたら常だが、ことトルクメニスタン人に対してこう思ったことは一度としてない。個人での得手不得手はもちろんあるし、真面目だからと常に優等生というわけでもないが、極端に心配したことはないように思う。

 これは恐らくお国柄なのではないかと考えた。というのも、トルクメニスタンという国は目上の人を大切にする文化がとりわけ強いので教師である私が課題を出したらもちろんやってくるといった感じだ。それが行き過ぎたのかトルクメン語の干渉なのかはわからないが、久しぶりに会った学生に挨拶をしたら


「先生様、おはようございます」


 と廊下で気をつけの姿勢で返されたことがある。韓国語でも「先生様」のような表現はあるらしいが、私はどちらかというとお国柄故なのではないかと思った。


 

 さて、もう一つ他ではあまり会えない国の学生はアフガニスタン人。

 彼らは皆英語で論文を書く研究室に所属し、日本に住んでいるから最低限話せるようにといった理由で教室に来ていた。基本的には研究優先なので欠席が多い学生もいれば、熱心に研究と日本語の勉強を両立する学生もいるから面白い。

 ただやはり母語の文字がアラビア文字に近いせいか、最初の読み書きは苦戦する学生が大多数だった。(アフガニスタンの公用語はダリー語とパシュトー語。アラビア語ではない。ダリー語はペルシャ語に近いらしい。イラン人の学生とも普通に会話してたし)カタカナをある程度教えたタイミングで学生たちに自分の名前と国名を板書するよう指示したらアフガニスタン人が目に見えてテンションどん底だった。まぁ、他に学んでいる学生がタイ人、インド人、イラン人のクラスだったからアフガニスタン人だけやたら難易度が高かったわけだし仕方がない。

 

 これを書いていて思い出したが『アフガニスタン』とカタカナ発音で私が読み上げたところ学生から質問が来た。

「Afghanistanはアフガニ『su』タンではなくアフガニ『s』タンだ。カタカナではどう書けばいい?」

 私の言っている意味がおわかりだろうか。音声学の分野でいうと『無声音』というもの。子音だけ発音し、母音は発音しないものだ。

 例えば『静かに』という意味で口元に人差し指を持ってきて『しー』と言うとき母音の『i』をハッキリ発音する人はいないはず。これが無声音。アフガニスタン人にとって、『アフガニスタン』は正確な発音とは言い難いらしい。そのためこの質問が来たというわけだ。学生が発音したものをカタカナにすると『アフガニシタン』のような音だった。今後、アフガニスタン人に会ったときにこの発音で話すと喜ばれるかもしれないし、そうでないかもしれない。

 日本語は多くの場合で子音と母音をセットにして発音するため、このような質問も仕方がないところだろう。


 

 このように、学生の出身国によっていろいろな経験ができるからこの仕事は本当に楽しい。幅広く様々な国から留学生を受け入れている我が母校に感謝だ。

 なのだが、実は私、7月23日をもってこの大学を退職した。やめたかったわけではないのだが留学生のクラスを縮小するため下っ端の私は早々に椅子がなくなってしまったというわけ。ちくしょう。今後は日本語教師養成講座と日本語学校に務める予定。

 正直、学生時代からかなり長く付き合いのある大学故にかんたんには割り切れないが前を向いて進むしか無い。


 そうそう、退職したことをfacebookに書いたところ既に帰国しているアフガニスタンの学生から「新しい仕事おめでとうございます」とコメントを貰った。私はやめたくない職場を去ることにうじうじと煮え切らないでいたが、彼は今後を見据えていたようだ。

 また一つ、学生から教えられてしまった。本当に、学生たちには感謝しか無い。


 というわけで今回はここまで。

 仕事が一段落したので以前の通り水曜日と土曜日の週2回更新に戻していけたらと思う。

 皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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