第9話「He? or She?」

 突然ですが、アクション俳優といえばやはりシュワルツェネッガーだと思うのですよ。

 先日『ようになります』の短文作りで30代の学生が「毎日運動すればアーノルド・シュワルツェネッガーのようになれます」と言って私は笑ったのですが、他の学生はポカーンとしていまして。「みんなは若いからドウェイン・ジョンソンのようになります、のほうがわかりやすいかな?」と言ったところでやっとウケました。世代の開きが如実に現れた!

 どうも、他人の冗談のフォローもするシンドーです。これは私だけで普通の日本語教師はやらないと思うけど。

 ちなみに私は俳優『ドウェイン・ジョンソン』よりも、以前のプロレスラー『ザ・ロック』としての姿のほうが好きです。ロック様サイコー!

 聞いてないって?


 

 さて、前回ちょっと予告しましたが今回はこの仕事を始めて最初に頭を抱えたことについて。頭を抱えるということ自体は最初の授業準備からずっとだけど、その中でもとりわけ困り印象に残ったことのお話。


 日本語教師として仕事を始めてまだ1か月程度のある日のこと。学生達とちょっとした雑談に花を咲かせていたのだが、男子学生の1人Aさんが足をピッタリ揃えて座っている。表現が難しいのだが、女性が畳の上で足を崩しているような感じだろうか。広げたりせず、揃えて座るという。

 単に偶然そのような座り方だったのかもしれないが、私自身はそれまでの人生でそのように足を揃えて座ったことがないので違和感を抱いた。

 そこからよくよく考えてみると、そのAさんは普段の話し方もどこか力の抜けたものだし、普段の一挙手一投足全てに男性的なものを感じなかった。


 ご存知の方も多いと思うが、タイという国は今で言うLGBT、一昔前の表現ならオネエ系の人がものすごく多い国だ。オネエだとLが掠りもしないからだいぶ限定的だけど。

 タイに多いのか、日本にも潜在的に同数いるけどタイはオープンだから多く感じるのかはわからない。

 女性だと思ったら声が男だったなんて出来事、タイに住んでいる間にスーパーや市場で数えきれないほど経験した。


 Aさんは果たしてメンタル的にどちらなのだろう。今から思えば別に白黒つける必要もないのだが、私としては迂闊なことを言わないように事前にはっきりさせておきたかったのだ。だからといって

 

「あなたは男?女?オカマ?」


 なんて不躾な質問をするわけにもいかない。その程度の常識はある。『オカマ』はどう考えてもダメだし。そんなわけで、頭に山ほど『?』を浮かべながら日々仕事に励んでいた。

 ある日のこと、教科書の語彙で『彼』と『彼女』があった。「これは使える!」と思った私は意味の確認で学生達に

 

「彼女はIさん(女の子。第4話にも登場)です。彼女はSさん(女の子)です。彼はGさん(男の子)です」

 

 といった感じで学生を当てていき、使用例を見せて説明をした。

 教科書に訳が載っているとはいえ、このように具体的な例を挙げて言葉の説明をすることが多い。語彙に限らず文法も。

 一通りの学生に確認したところで最後に件のAさんに意を決して問いかけた。


「ところでAさん、すみませんがあなたは『彼』ですか?『彼女』ですか?」

「先生、私は『彼女』でぇす(^_^)」

「OK!わかった。ありがとう!」


 謎が解けた瞬間である。

 胸の中のモヤモヤが解消されて非常に気分良く授業を進められたのを覚えている。もちろん私の質問が日本語として違和感のあるものだというのはわかっているが、自然な流れで聞くならこれしかないと思ったのだ。


 前述の通り、今になって思えばそんなにハッキリと区別をする必要なんてなかったのだが、Aさんは私の人生で初めて出会ったLGBTの人だったので、かなり緊張していたのだと思う。

 Aさんはその後、徐々にいじられキャラとしての才能を開花させていった。いいのか悪いのか。

 例えば『同じ』という言葉が出てきた時にはAさんが手を上げて意味を説明してくれた。


「先生、私は(性別が)Gさんと同じじゃありません。Sさんと同じです」

「うぇっ!」

「せ、先生!うぇって言いました!」

「知らないよ……」

 

 学生達、爆笑。


 こんな感じのやりとりをよくしていたのを覚えている。Aさんは、まぁ〜しょっちゅう自主的に弄られにいっていた気がする。ドMだったのかな?

 私にとって初めて知り合ったLGBTの人物がAさんでよかった。彼に……失敬、彼女に感謝だ。

 

 その後のタイ生活、街中でも幾度となくこういった方々に会ったし教え子として接したLGBTの人も片手では足りない程だ。

 バンコクに住んでいた頃よく行ってたマッサージ屋の店主は身体は女性だったが声は男性、仕事柄腕力は私の比にならないほど屈強な人だった。ついでに下ネタが大好きな人なので、マッサージ中にいろいろ触られた。いろいろ。

 

 それまでLGBTというものについて深く考えたことはなかったが、タイには本当に大勢のそういった方々がいた。世の中には様々な人がいるのだと学ぶいい機会になったと思う。つまりは視野が広がったということだろうか。

 別段、社会派を気取るわけじゃないが、日本を飛び出して良かったと思えることの一つだ。

 社会人になりたての身には難しい出来事だったが、タイだから乗り切れたのかもしれない。タイだから遭遇したとも言えるけど。

 

 何かに付けては学生にも日本人にも披露する話なのですぐ書けるかと思ったけど思いの外苦戦した。私は別段LGBTについて議論をする気はないけど、話題に出すとなるとやはり気を使うのでそれもあるかも。いつもはちょっとしたオモシロ経験談として話しているのだが、いざ不特定多数の人が読む場所に陳列するとなると緊張する。

 今回は以上。


 次回は何を書こうか、全くの未定。毎週水曜日と土曜日の更新当日に必死に絞り出してる噺なので楽しんでいただけたら幸い。

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