あれからどれくらい経っただろう。


 私はどろどろになって、彼女の中で暮らしている。


 彼女の外には出ていない。自分へ戻ろうとも思わない。医者としての仕事にはやりがいを感じていたはずだった。しかし……もうどうでもよくなっていた。


 どろどろの身体がそう思わせるのだろうか。


 ここは生温かく、湿っている。気が遠くなるほど心地がいい。生まれ出ない赤ん坊のように、彼女の体温と鼓動に抱かれる毎日に、いつしか満足するようになった。


 彼女が眠ると、私は舌をもてあそぶ。しがみついたり、その下に隠れたり。ときおり唾液が溢れ、舌が動き(無意識なのだろう)、私を舐めてくれる。


 身体を発光させながら、喉の奥へ行き、肉壁に小さな両手を当てる。


 唇をつけ、ちゅうと彼女に吸いつく。


 そこに赤い痕がついた。そのすぐ隣にも吸いつくと、点は線になった。線はやがて文字となる。


 こうやって愛を伝えるのか。


 私は戦慄わなないた。


 愛が溢れると、意識が溶ける。


 きっとその蜜のようなものを、どろどろが食らっているのだろう。


 彼が消えたように、私もいずれ消えるのか。


 それなら、それでもいい。


 口づけを続けながら、私はそう思った。 



〈了〉

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どろどろの口づけ ピーター・モリソン @peter_morrison

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