第42話

 さて、朝食が終わって少し休んだら、いよいよ本格的に訓練スタートだ。

 宿に併設されている鍛練場に移動すると、まず先生から簡単な説明を受けた。


「訓練内容については昨日少し説明したとおり、最初の一週間は体力づくりや護衛としての心構えを学び、二週間目から実際に武器を使用しての訓練を予定としている。今日からの一週間は、午前中にトレーニング、午後は座学だ」


 鍛練場内に重い空気が流れる。はあ~い、と気の抜けた返事をした僕らを見て、先生の表情が一変する。ギロリと鋭い視線を向けられた。


「何だ、その気の抜けた返事は。返事は短く『はい!』だ」

「はい……」

「声が小さい。もっと大きく」

「はい!」


 まだ何も始まっていないのに、もう先生が怖いよ~。いや、でも挨拶は基本だもんね。

 はぁ。親衛隊といっても、所詮王子の気まぐれで決まった素人寄せ集め集団だし、めちゃくちゃ厳しい本格的な訓練はしないだろう、と心のどこかで甘く考えていた僕が馬鹿だったのか。先生は軍にゃんモードのスイッチでも入ったのか、めちゃくちゃ気合い入っていた。


「いいか。お前たちはホン様の命を預かることになる。国王陛下、王子殿下、お二方の信頼があって抜擢ばってきされたんだ。そして私はその教育を任された身として、お前たちを立派な騎士にしたいと考えている。妥協はしない。だからお前たちも、死ぬ気でついてくるんだ」

「は、はい!」


 し、死にたくはない。だけど、練習内容と練習量によっては本当に殺されるかもしれない。それだけ先生の目は「ガチ」だった。一ヶ月後、生きて王宮に帰れるだろうか、僕たち。


「脅してすまないな。だが、それぐらいの覚悟を持って臨んでほしいんだ。分かったか?」

「はい……!」


 怖いけれど、それだけ先生は僕らの育成に真剣なんだろう。だったら僕もそれに応えなくちゃ。


「ああ、あと勝手ながらこちらで隊長を決めさせてもらった。お前たちの経歴を少しばかり調べさせてもらった結果、隊長にはソンを任命したいと思う」


 ええっ、僕!? 嫌じゃないけど、何でだぁ?


「先生。それはやはり、私たちの中でソンさんが一番王子と付き合いが長く、一番王子から信頼されているからですか?」


 サンが真っ直ぐ先生の目を見て質問した。


「それが一番の理由ではある。他にも色々理由はあるが、総合的にふさわしいと思えたのがソンなんだ。どうだろう、やってくれるか?」

「は、はい!」


 僕の経歴を知った上で選んでくれている。期待されているんだ。頑張らなきゃ、とやる気になったら無意識にヒゲがぴくぴくと動いてしまった。


「初日の今日は、現時点でのお前たちの実力を測りたいから体力テストを行う。準備運動が終わったら、早速始めるぞ」

「はい!」


 体力テストかあ。王子のお世話係として奔走することはあれど、ちゃんとした運動をする機会なんてもう一年くらいはなかったから、体がなまってるだろうな。ちょっとだけ不安。


「おいらテストは嫌いだす……」


 だるそうに体を動かしながらミンが呟いた。先生には聞こえていなかったみたいなのでよかったが、もし聞かれたらあの鋭い目つきで睨まれていたことだろう。


 最初の種目は握力の測定だった。先生に名前を呼ばれたにゃんから順に測定していく。

 僕の結果は十代の平均くらいだった。正直握力に自信はなかったのでこの結果は予想外。筋力はそこそこあるらしい。しょっぱなから悪い結果にならなくてよかった。


 その時、事件は突然起きた。バキャッと何かの機械が破壊される音が響いたのだ。今まで生きてきた中では聞いたことないような変な音だった。驚いた僕が音のした方を見れば、壊れた握力計を握ったまま呆然と突っ立っているジョンと、それを見て慌てるヨンの姿があった。


「何だ、何が起きた!?」


 焦った様子で先生が聞いた。それにヨンが答える。


「先生。ジョンさんが測定器壊しました。まだ俺やってないのに」

「何!? こ、壊れることがあるのか……!」


 どうやら先生からしても初めての事例らしい。壊した張本にゃんが震えながら口を開いた。


「すみません……。真剣にやらなきゃ罰が当たると思ったんで、本気で握ったらなんか測定不能になって、それで……ぶっ壊れました。あの、わざとじゃないんです」


 ジョンさんの怯えた姿、初めて見たかも。


「なるほど。でも真剣にやった結果、罰が当たってしまったんだね」


 ぼそりと呟いたカンさんの一言に、ジョンには悪いけれど僕ら全員ふっと吹き出してしまった。


「はぁ……これは想定外だが、まあ一つくらい壊れたところで特に問題はないだろう。多分。何よりわざとではないみたいだからな。今回は許そう。えーっと、ジョンは測定不能、と」

「本当にすみません……」

「ん? ああ、気にするな。力が強い奴とは聞いていたが、それがどこまでなのかきちんと把握してなかった私の調査不足もあるからな。もう過ぎたことだし、切り替えていこう。気持ちの切り替えは大事だぞ」

「はい……!」


 この後も様々な種目を行った。柔軟性、瞬発力、敏捷びんしょう性に持久力を調べていく。そうすると、それぞれの特性も見えてきた。


 まずジョンは先程の様子からも分かるとおり凄まじい筋力の持ち主だが、全体的に身体能力が高かった。全ての種目で平均以上の結果を出したのである。これまで単独で王子の護衛をしてきたのも納得の結果だった。


 次にサンは特に敏捷性と瞬発力が高く、反射神経が優れていることが分かった。

 ヨンはとにかく足が速く、身のこなしが軽やかだと分かった。


 意外にもスタミナがあるのはカンさんだった。見た目で判断するのはよくないかもしれないけれど、カンさんの中性的な外見からは想像できなかったので、ちょっと驚きだった。

 あとスタミナに関しては、ミンもそこそこあることが判明した。失礼ながらあんまりやる気がなさそうに見えたので、てっきり運動は苦手なのかと思っていたが、平均程度の体力はあるようだった。


 ユンは、特別抜きん出た能力はなかったものの、ほぼ全ての種目で平均以上の結果を出していたので、総合的に能力が高いのだと思う。

 そして僕は……僕は、この中の誰より優れた何かがあったわけでもなく、どの種目でも平均くらいの結果しか出せなかった。


 思ったよりみんな運動神経があったので、僕は少し自信をなくしてしまった。別に僕の結果も悪いわけじゃないんだけど、こんなにゃん並みの能力しかない僕が隊長で本当にいいのか、なんてちょっと不安になってくる。


「うん、なるほど。騎士の生まれでもない素人の子どもたちだから正直あまり期待はしていなかったが、全員それなりに動けるじゃないか。安心したぞ。体力面の心配はいらなそうだな」


 僕ら全員の結果を見て、先生が感心したように頷いた。僕は自分自身の結果に納得いかなかったのだけれど、どうやら先生の目には僕もよく動けていたように映ったらしい。


「ふーん。ま、吾輩の護衛としてはギリギリ合格レベルといったところかなあ」


 あれっ? いつの間にか王子がいる。


「王子、いつからここに?」


 僕が問いかけると、王子は微妙な顔をする。


「最初からずーっといるではないか。お前たちが真面目に訓練するのか監視するために来たのだが、邪魔しないようにちゃんと静かにしていたのだぞ。偉い?」


 そうだったのか。どうしよう、全然気付かなかった。やばい。あんまり王子に関心持ってないことバレたかも。


「そうだったんですね。はい。とても立派ですよ、王子」


 慌てて取り繕えば、王子はフフンとドヤ顔になった。ほっ。


「見てるだけで面白いですカ?」

「んー……正直そんなに面白くないのだ。なんかお前たち、みんな真面目にやっててつまんない。一匹くらいふざけて先生に怒られればいいのにって期待してたのに。ヨンとかヨンとかヨンとか。あーあ、期待外れなのだ」


 ユンからの問いに何とも正直な感想を口にする王子。僕らが真面目に訓練しているか監視するために来たって言っていたのに、怒られるのを期待していたとは、何だか言動が矛盾している気が……。


「はんっ。他にゃんが怒られる姿見て楽しもうとしてたなんて、性格悪い王子様なんだぞ。でも俺とっても真面目だから期待に沿えなくてごめんなさーい。残念だったな、馬鹿王子」

「別に残念じゃないのだ。ただ、お前みたいなお調子者は少しくらい痛い目見た方が成長するんじゃないかと思ったのだ」

「それは王子にも言えるんだぞ」


 すると、王子の言葉に「全くそのとおりだす」とミンが同意を示した。


「ヨンさはもっと痛い目見た方がいいだすよ、本当に」

「うるせー。のろまは黙ってるんだぞ」

「おいらまだ謝罪の言葉聞いてないだすー」


 そこの二匹、まだ喧嘩したままだったんだ。

 事情を知らないみんなは、困惑気味にヨンとミンのやり取りを一歩引いて眺めている。僕はもう不安を通り越して呆れるしかなかった。

 あーあ、どうなることやら……。

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