第43話

 午後は予定どおり座学の時間だ。しかしお昼ご飯を食べた後なのでとっても眠い。果たして僕は眠気に耐えて授業を受けることができるのだろうか。


「まさかこんなところで学校の授業みたいなことをするとは思いませんでした」


 はあ、と溜息交じりにサンが呟いた。

 王子の教育係として王宮にやってきたサンは、ここに来る前は大学というところに行っていたらしい。そこは主に教師を目指す者や頭のいい者が通う場所で、サンはそこを飛び級で卒業したのだとか。やはり王族の教育係を任されるだけのことはある。


「おいら勉強は嫌いだす……」


 ミンも嫌そうに口を尖らせている。ところで君は何なら好きなのさ。


「何で午後に座学? そんなん普通に寝るに決まってるんだぞ。大体さぁ、座ってお勉強なんてやる意味あるのかなぁ? 騎士の訓練って、もっと剣でバシバシやり合うもんかと思ってたんだぞ、俺」


 みんな不満たらたらだな。気持ちは分かるけれども、先生に聞こえるかもしれない状況で文句を言う勇気は僕にはないなぁ。

 座学といったってどこでやるのだろう。まさか学習室みたいな場所でもあるんじゃないだろうね、と思っていたら、本当にそんな場所があった。何で山にあるのにこんなに施設が充実してるんだよ。


「王室お抱え騎士たちの訓練所として建てられたのが始まりだからな。宿泊施設の方が後にできたのだ」


 王子が答えた。あれ? 僕何も言っていないのに……。


「口に出ているぞ」


 指摘されて、僕は慌てて口を押さえた。無意識って怖い。

 学習室は訓練用施設の建物の二階にあった。教室に入るなり、先生から言われた。


「好きなところに座っていいぞ」


 教室の一番前には教卓があって、それと向かい合うかたちで前に四つ、後ろに四つの席がある。好きなところ、と言われて我先にとヨンやユンが後ろの席を占領した。


「俺ここ。ドア側ー!」

「ミーも後ろがいいヨー!」

「やる気のある者は前の方に座るものです」


 そう言ったサンは前の席の、それも教卓に近い真ん中側の席に座った。


「おいらも後ろでいいだす」


 ミンも後ろの真ん中側の席に座った。

 そしていつの間にかジョンも後ろの窓側の席に着いていた。なんと僕がもたもたしている間に、後ろの席は全て埋まってしまったらしい。仕方がないので僕は前列の席に座った。せめてもの救いは窓側の席を確保できたことだろう。真ん前のど真ん中なんて先生からの圧がすごそうだし、僕絶対耐えられない。僕はしっこが好き。


「でも後ろの席の方が先生と目が合いそう。前は死角になるからね」


 後列の者たちの方を振り向きながら、カンさんがにっと目を細めて言った。


「ちょっと待て、ちょっと待て。ちょっと待つのだ」


 急に王子が焦り出した。その様子に僕は首を傾げる。


「どうしたんですか王子?」

「何で席が八つあるのだ。まさか吾輩も一緒に受けろというのか?」


 あ、本当だ。一つ空いている席がある。僕の右隣ね。つまり教卓の前。


「座学でしたらホン様も参加なさっても問題ないかと。同じ環境で共に学ぶことで、彼らとホン様との絆も深まるでしょうし」


 先生が言うと、王子は全力で頭を振って拒否する。


「冗談言うでない! いくら尊敬する先生の言うことでも嫌なのだ! 何で吾輩が庶民と同じ環境で勉強しなくちゃいけないのだ! 吾輩、勉強嫌い! 絶対嫌なのだ!」


 あーあ、始まったよ。王子お得意の駄々こね攻撃。ほら見て、みんなの王子を見る目が呆れている。


「まあまあ。王子は座って適当にお話を聞いてるだけでもいいと思いますから、ね?」


 僕は王子を宥めるために、とりあえず気休めの言葉をかけておいた。すると不機嫌な顔のまま、しぶしぶといった風に王子は大人しくなった……りはしなかった。今度は座席についての不満を漏らし始めたのだ。


「でも吾輩この席やなのだ! 寝ててもいいなら、吾輩が前の席にいなくてもいいではないか。ヨン、吾輩と変われ!」

「えー、やなんだぞ! だって俺……」


 そこまで言ってヨンは黙ってしまう。どうしたのかな、と思ったけれど、王子の真後ろに座っているにゃんの姿を確認して僕は察した。そこに座っているのはミンだった。ヨンとミンは喧嘩中。つまり、そういうことである。

 ミンも何かを感じとったらしく、わざとらしく咳払いをしてから言った。


「あー。なんか急に席替えしたくなっただす。王子、おいらと替わってくれないだすか?」

「何っ? お前、吾輩と替わってほしいのか? ふん、しょうがない。お願いされたら断るわけにはいかないのだ。席を交換してあげよう」


 よかったですね、王子。本にゃんは気付いていないかもしれないが、嬉しそうにしっぽがぴんと立ち上がったのを僕は見逃さなかった。

 やれやれ。それにしても、また王子のせいで無駄に疲れてしまったよ。


「気が済んだようなら、始めてもいいだろうか……?」


 王子が落ち着いたのを確認してから先生が聞いた。

 なんか毎回すみません、余計な時間を使ってしまって。申し訳ない気持ちから、僕は軽く頭を下げておいた。


 座学では何を学ぶのかというと、騎士としての心構えや礼儀作法などである。内容としてはとってもお堅い。聞いているだけで眠くなるけれど、もちろん眠るわけにはいかないので爪を立てて必死に眠気に耐える。多分王子は寝てるんだろうな。

 そんな感じで午後の座学も無事……多分無事に終了した。

 一日目から色々疲れたな。主に王子が原因な気がするけれど。ところで、王子っている意味あるのかなぁ……?

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