第37話 ソンside

 謁見の間に着くと、そこでは既に国王様、そしてホン王子が僕らを待ち構えていた。この謎の緊張感にはいつまでたっても慣れることはない。


「急に呼び出してすまないの、お前たち。まず、昨日はホンの命を救ってくれたこと、改めて感謝する」


 国王様が告げると、それに続いて王子も頭を下げた。


「それで用件なのだが、昨日ホンが勝手にお前たちを親衛隊に任命したであろう? だがお前たちは別に騎士でも何でもない。いわば素人の集まりだ。そこで、ホンの護衛としての務めをしっかり果たせるよう、一ヶ月の強化合宿をしたいと考えているのだ」


 隣で王子もうんうんと頷く。きっと発案者は王子だな。見て、あの誇らしそうな顔。全く、次から次へと勝手なことを……。

 それにしても一ヶ月って長っ! 合宿って王宮の中でやるのかな。それともどこか遠くに行ってやるのかな。どちらにせよその間は王子の世話係なんてやってられないだろうな。


「あの、おいらたちが親衛隊になるのは、もう決定事項なんだすか?」


 遠慮がちに、でもこれだけははっきりさせたいというように、ミンが聞いた。それに答えたのは王子だった。


「今更何を言っているのだ。もう決まったことなのだ」

「ああ、そうだすか……」


 王子の返事を聞いたミンの顔が絶望的なものへと変わっていく。


「そんなに嫌がらなくてもいいではないか。これは名誉あることなのだぞ? 吾輩の親衛隊ということは、つまりお前たちは王家専属の護衛隊になったのだ。あの時、死にかけていてもう駄目だと思った吾輩を命をかけて救ってくれたお前たちへの感謝の気持ちだと思って、受け入れてほしい」


 ああ、これもう駄目だ。こっちが何言っても話を聞いてもらえない。ミンもそれを察したらしく、仮にも国王様と王子様の前で堂々と大きな溜息をついた。


「分かりましただす。まあ護衛の適性があるかどうかはこの合宿ではっきりさせるだすよ」


 ちょっと疑問に思ったんだけれど、国王様はこのやり取りを聞いていても何も思わないのだろうか。息子の暴君っぷりを咎めるでもなく、肩を持つわけでもない。ただ黙って一部始終を眺めているだけ。


「他の者たちもいいな? 無言は肯定とみなすのだ」


 多分僕たち全員、半ば諦めている。誰もうんともすんとも言わないのを王子は肯定と捉えたらしく、にっこりと笑みを浮かべた。


「そうと決まったら先生を呼ぶのだ。せんせーい!」


 王子が声を上げると、謁見の間に一匹のにゃんが入ってきた。まだ年の若そうな、シュッとしたキジ白のにゃんだった。

 そういえば王子が昨日言っていたな、最高の先生を紹介する、と。どんなベテランの先生を紹介してくれるのかと思っていたら、まだ二十代くらいに見えるにゃんの登場に僕は少し驚いた。


「紹介するのだ。こちらはファン先生。吾輩の剣の師匠でもあるのだ」


 王子の紹介を受けて、ファンさんが頭を下げる。


「ファンです。よろしくお願いします」


 無愛想な、冷たそうな印象を受ける。何だか怖そうなにゃんだけど大丈夫かな。


「ん? 王子……殿下って剣術習ってるんですか?」


 ヨンが疑問を口にする。王子が頷いた。


「うむ。五年くらい前からかな。自衛のために習っていたのだ。最近は先生の都合とか、吾輩の都合とかでバタバタしてて、予定が合わなくてあんまり練習できてなかったがな」


 自衛のために剣の特訓だなんてその心意気が立派です、王子。でも五年前かあ。僕がで王宮にいなかった時期のことだなあ。だからかな、この先生初めて見た気がする。


「ファン先生はな、年はまだ二十五歳と若いがその実力は確かだ。将来はにゃんだふる王国軍のトップを担うレベルになると期待されている、若きエースなのだよ」


 国王様が説明する。へええ、そんなにすごい方が何で僕たち素人護衛隊の教育係に? 僕も、そして他のみんなも首を傾げる。すると王子が言った。


「先生には、吾輩たいへんお世話になったのだ。強さは本物、それににゃん柄もいい。お前たちを安心して任せられる、数少ない吾輩が信頼している大人なのだ」


 なるほど。警戒心の強すぎる王子が認めるほどの実力と性格……。それなら僕らも信頼してもいいかもしれない。王子の他にゃんを見る目は確かだから。


「それにしても昨日の今日というのに、よく引き受けてくださいましたね。いつ決まったんですか?」


 サンが聞いた。


「昨日のうちに話は聞いていました。陛下やホン様には今までたいへんお世話になったものですから、話を聞いて私でよければぜひ力になりたいと思いまして」


 ファンさんが答える。昨日の時点で話が済んでいたんだ。知らなかった。仕事の早さに僕は驚いている。


「急に決めたことなのに快く受けてくれたのだ。さすが先生なのだ」

「こんな私を師と仰いでくださるホン様からの頼みとあれば、引き受けないわけにはいきませんからね」

「国王様はいいんですか? 聞いてる感じだと王子主導で話が進んでるみたいですけど」


 ヨンがそう聞くと、国王様は頷いた。


「うむ。これはホンとお前たちの問題だからな。基本的にはお前たちの判断に任せようと思っているのだ。まあホンのわがままが度を越えたら、さすがに注意するがな」


 なるほど。だから特に口出ししてこないんですね、国王様は。


「それでお前たちにはこのファン先生の指導の下、一ヶ月みっちり特訓に励んでもらうのだ。急で悪いんだけど、今日から早速行くぞ」


 王子が右前足をくいっと上げて言った。僕は頭を傾げて聞く。


「行くってどこにですか?」

「山だ」

「はい?」


 山? 今日から? 何も心の準備ができていないのに?

 抗議の言葉がすぐに出てこないのは、あまりに急すぎる展開に脳が追いついていないからだろう。僕らが混乱して何も言えないでいる隙に、王子は言葉を続ける。


「じゃ、荷物をまとめたらまたここに集合するのだ。一旦解散!」

「はああああ!?」


 いきなり呼び出されて勝手に解散させられた後で、また集められる。なんて勝手な王子なんだろう。でも国王様が特に何も注意しないってことは、王子の言動に問題はないと判断しているのだろうか。


「ちょっと待つんだぞ! 急に山行くって言われたって、用意する荷物なんか何もないんだぞ! ……ああ、思わず素の喋り方になっちゃった!」


 ヨンが怒りを含んだ声で抗議すると、王子はそれもそうかというように頷いた。


「じゃあもう出るのだ。お前たちには一日でも早く吾輩の護衛として務めを果たしてもらわないといけないからな、もたもたしている暇はないのだ」


 すると、ユンが遠慮がちに声を上げた。


「アノ、ミー、バイト……」

「休め」

「!? ハイ……」


 有無を言わせないの可哀想。ユンの目が潤んでいるように見えるよ。


「他に聞きたいことがある奴はいるか? いないならもう出かけるのだ。行くぞ、お前たち」


 ん? 「行くぞ」って、その言い方だとまるで王子もついてくるみたいな……。


「ちょっと待ってください。いいですか? この合宿ってファン先生と僕たちで行うものなんですよね? その間王子はどうしてるんですか? ま、まさか一緒に行くなんて言わないですよね……?」


 僕が震える声で確認すると、王子はさも当然のように頷いた。


「そうだが。吾輩も行くけど、何か問題でも?」

「い、いえっ。ただ、何でかなって純粋に疑問に思ったので……」

「お前たちがしっかり訓練を受けるのか、サボらず真面目に練習するのかを吾輩が監視してやろうと思ってな」


 本当かなあ。何だか疑わしいなって思ったから、僕は聞いてみた。


「で、本音は?」

「……みんなで合宿楽しそう。ずるい。吾輩も一緒に遊びたい。つれて行け」


 なるほど。ただの好奇心か。ところで王子、今「遊びたい」って言ってたけれど、僕ら別に遊びに行くわけじゃない……よね?


「いいんだすか? 王子が一ヶ月も不在で」


 ミンが聞いた。


「父上と兄上がいれば大丈夫なのだ。吾輩はそこまで重要な存在じゃないから、いてもいなくても特に問題ない」


 これには僕ら全員、微妙な顔になる。なんて返せばいいのか分からなかった。それに気づいているのかいないのか、王子は話を続ける。


「それに父上にもちゃーんと許可はもらってるから平気なのだ。ねえ、父上?」

「うむ。これも世の中を知るいい機会だ。社会勉強のつもりで同行するといい、とは言ったが……。くれぐれも皆に迷惑はかけないようにするのだぞ、ホン」

「はい!」

「うん、よい返事だ」


 輝く笑顔でしっかり返事をした王子を見て、僕はとっても不安になった。大丈夫かなあ。これは長年の勘だけど、あの王子が大人しくついて行くだけだなんてほぼ百パーありえない。絶っ対何かやらかすに決まっている。騒動の中心には大体王子がいるのだから。

 そんなわけで僕は不安を抱えたまま、合宿先の山へと向かったのだった。

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