第36話

「はあーあ。引越しめんどくせー」


 ヨンさんたちがやってきたのは、朝食の時間のすぐ後だった。

 様子が気になった私が部屋の外に出ると、だるそうな顔で荷物を抱えたヨンさんがこちらに向かって歩いてくるところだった。彼は私の視線に気付いて一言。


「おい、手伝えよ」


 イラッ。それが他にゃんにものを頼む態度か? 私は思わず奴をぶっ飛ばしたくなったが、一旦冷静になって、何とか思いとどまることができた。


「ごほん。ヨンさん。他にゃんに何かをお願いする時は、もっと丁寧な言い方を心がけた方がよろしいと思いますよ」

「知るか、そんなの。お前相手に丁寧な頼み方なんかしたくねえんだぞ。それより、そんなとこで見てる暇があるなら、荷物運ぶの手伝うんだぞ」


 全く。さっきと何も言い方が変わってないじゃないですか。呆れつつ、私はヨンさんの持つ荷物を見た。手伝え、と言った割に彼の荷物は少なかった。少し大きめの前足提げバッグが一つだけ。他に持っている物は特にない。


「仕方ありませんね。私は何をすればいいですか?」

「空いてる部屋どこ? 案内してほしいんだぞ」

「私の部屋の隣と、確かその隣も空いてた気がします。あとは、ここから少し離れたところにある部屋の二つが空き部屋だったと思います」

「ふーん、案外空き部屋多いんだな。一気に四匹も移動って、急に決まったことなのに」

「というより、部屋数の割にここに住むことを許されている者が少ないんですよ」


 だからけっこう部屋が余っているのだ。


「じゃ俺、お前の隣の隣の部屋にするんだぞ」

「何で一つ飛ばすんですか」

「だってお前と隣になんてなりたくないんだもーん」

「あ、そうですか」


 別にいいですけれどね。私だって、ヨンさんが隣の部屋に来られたらやかましくて敵いませんから。でもそうはっきり言われると、何だか気分が悪いですね。ふん。

 すると、そこへカンさんがやってきた。


「ヨン、置いてかないでよ」


 口ではそう言いつつも、こちらに向かってくる足取りはのんびりしている。


「やあ、サン殿もいたのか。今日から同じ王宮住みだな。これからよろしくね」


 私に気付き、カンさんは穏やかに微笑んで頭を下げてくれる。どこぞのクロネコと違って礼儀正しいその姿に、私は感動を覚えた。


「こちらこそ、これからよろしくお願いします。よければ荷物の整理手伝いますよ」

「本当に? ありがとう。助かるよ」


 ヨンさんの態度が気に食わなかったので、カンさんの方を手伝うことにした。ついでに彼を新しい部屋へと案内する。


「私とヨンさんの間の部屋が空いてるんですけれど、こちらの部屋でよろしいですか? 他にも空いてる部屋はあるんですが、今いる場所からだとここが一番近いので」


 確認のために私が聞くと、カンさんはこくりと頷いた。


「我はどこでも大丈夫だよ。もう入っちゃったしこの部屋にする」

「ふーん。内装はどこも似たようなもんなんだな」


 ちゃっかりこちらに付いてきていたヨンさんが、室内をきょろきょろと見回して言った。


「貴方、こちらに構う暇があるなら自分の荷物整理でもしたらどうです?」


 私が若干突き放すように言うと、ヨンさんはムッと頬を膨らませた。


「何だよ。別にいいじゃん。ちょっと様子見に来ただけなんだぞ。お前、なんか俺に冷たくね? てか俺の手伝いしてくれるんじゃなかったの?」

「貴方の態度が気に食わなかったので、やる気をなくしました」


 そう告げたら気を悪くしたのか、彼は「は?」と低い声を出し、鋭い目つきで睨んできた。


「ふん、じゃあもういいんだぞ! お前の手伝いなんかいらねえや。俺一匹でやるから」


 ダンダンとわざと足音を鳴らして、怒った様子でヨンさんは部屋から出ていった。

 ふむ……私も少々言い方が冷たかったでしょうか? まあいいや。お互い様ってことで。



 カンさんの引越し準備が終わりかけていた頃、またも廊下の方が騒がしくなってきた。ヨンさんが来て、カンさんが来たとなったら、この流れは何となく読める。部屋を移動になった残りの二匹も、やっとこちらにやってきたのだろう。私は扉を開けて、外の様子を窺った。


「通るだす、通るだす! 道を空けてくださーい!」


 両前足いっぱいに荷物を抱えたミンさんが歩いてくる。その後ろからは、これまた同じく大きな袋を両前足に提げたユンさんがいる。

 一体何をそんなにたくさん持ってきたのだろう、と疑問に思うくらい二匹は大荷物だった。バッグ一つでやってきたヨンさんとカンさんとは対照的である。


「あ、サンさ。ちょうどよかっただす。おいらを部屋まで案内してくれないだすか?」

「いいですけど。それよりその荷物の量は何なんですか?」

「これだすか? これは医療グッズとか、おいらの大事なコレクションとかフィギュアとかが入ってるんだす。どうしても全部持ってきたくて。そしたらすごい量になっちゃっただすから、ユンさにも手伝ってもらったんだすよ」


 ということは、この大荷物はほとんどミンさんの物というわけですか。


「朝早くに呼ばれてネ、『ユン、助けて! 手伝って! 一生のお願い!』って言われたカラサ、仕方ないから手伝ってあげたヨネ……」


 ユンさんが言った。心なしかテンションが低く、目が死んでいるように見える。


「ユンさん、何だか元気がないように見えるのですが、私の気のせいでしょうか?」


 するとこれには、何故かユンさん本にゃんではなくミンさんが答えた。


「ああ。ユンさは朝弱いんだすよ。寝起きは大体不機嫌だす」

「それなのにお前が無理やり起こしてくるカラ、さらに気分悪いんダヨ……」


 荷物を置いて、ごしごしと目を擦るユンさん。

 そこまで相手のことを分かっていて頼む方もあれですが、断らない方もあれですね。嫌なら断ればいいのに、何故そうしないんでしょうか。


「嫌なら無理に手伝う必要もないと思うんですが……」

「お礼に今度ご飯好きなだけ奢るって言われたカラ……」


 なるほど。餌に釣られたというわけですね。


「『ご飯』、『タダ』、『お腹イッパイ』はミーにとって魅力的なワードなのサ……」


 だから王子の時も、あっさり提案を受け入れたんですね。ちょろすぎませんか、ユンさん。


「そういうわけだから、とりあえず早く荷物を置かせてほしいだす~」

「はいはい、分かりました。少々お待ちくださいね」


 私は一度部屋の中に引っ込むと、カンさんに断りを入れてからミンさんたちの荷物運びを手伝った。ミンさんから受け取った袋を持ってみると、その重さがよりはっきり感じられた。

 コレクションとかフィギュアとか、なくても生活に困らない物でしょうに。余計な物を持ってきすぎなんですよ、全く。まあ好きな物に囲まれたいという気持ちは理解できますし、私も似たような趣味はありますからあんまり強くは言いませんけれど。


 荷物整理が最も早く終わったのはヨンさんだった。元々持ってきた荷物が少なかったのもあるのだろうが、結局彼は誰の助けも借りず一匹でテキパキと終わらせたようだった。終わらせた後で「やっぱ一匹でやった方が早いんだぞ」と強がりだか本心だか分からない言葉を私に向かって嫌味のように言ってきたのに少々カチンときたのは、ここだけの話。



 荷物整理が一段落すると、私たちは特に意味もなくヨンさんの部屋に集合していた。適当に会話をしたりして時間をつぶす。と、ヨンさんが思い出したかのように私に聞いてきた。


「てかさ、お前こんなとこでのんびりしてていいわけ? お勉強の時間はいいの?」

「お勉強、ですか……?」

「いや、ほら、だからホン王子の。お前と王子の取っ組み合い、もうとっくに始まってる頃かなーって思って。ちょっとした名物になってるんだぞ。毎朝よく騒いでるって」

「はあ、なるほど」


 私の日々の苦労を勝手に名物にしないでもらいたいのですが。

 しかし、もうそんな時間になっていましたか。私はちらりと時計を見た。時刻は午前十時を回っていた。


「それならご心配なく。昨日の一件で王子がだいぶお疲れとのことで、今日はお休みになりました。今日一日はゆっくり過ごすそうです」

「ふーん。ま、確かにあんな体験した後でいつもどおり過ごせって言われても無理あるんだぞ」


 私の説明を聞いて納得したようにヨンさんは頷いた。

 その時、コンコンと部屋の扉をノックする音がした。部屋主のヨンさんが扉を開けると、そこに立っていたのはソンさんだった。


「あ、みんなここにいたんだね。引越しお疲れ様、お茶持ってきたよ」


 彼が持っているお盆の上にはお茶の入ったコップが四つ……はっ、私の分がない。


「サンさの分はないだすね」


 思っていたら、ちょうどミンさんに言われてしまった。ええ、分かっていますよ。引越し組じゃない私は頭数に含まれていないことくらい。でもそんなはっきり言わなくてもいいじゃないですか。空気が悪くなる。

 ソンさんも、ミンさんの言葉を聞いて焦り出す。


「ご、ごめん。今持ってくるから。四つしか持ってこなかった。本当にごめんね」


 お盆を部屋に置くと、ソンさんはコップを取りに戻っていってしまった。

 わざわざお茶を用意して持ってきてくださっただけで十分ありがたいというのに、余計な気を遣わせてしまいましたね。


「ミン、後で謝りなヨ」


 ユンさんがじとりとミンさんを睨んで言った。


「何でえ? 事実を言っただけだすのに」


 不服だというようにミンさんは口を尖らせる。よくも悪くも正直すぎるんですね、きっと。

 少ししてソンさんが戻ってきた。コップを片前足にやってきた彼の口から、私たちに告げられる。


「お待たせ。そうだ、さっき下に戻ったら侍従長に呼ばれてね。国王様から話があるから、今から謁見の間に来なさいって」


 今から? まさか、昨日の今日でまたお説教タイムとは言わないでしょうね。

 嫌な予感がしつつも、私たちは謁見の間へと向かった。

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