第3章 親衛隊、恐怖のヘル合宿!

第35話 サンside

「おいら、やるって言ってない」


 長かった報告という名の説教が終わり、ようやく解放された私たち。それぞれの自室へと戻る途中、長い廊下を歩いている時に、唐突にミンさんが言ったのだ。

「え?」と私たちは一斉に彼を見た。みんなから驚くような視線を向けられ、ミンさんも目を丸くする。


「言ってないって何をダイ?」


 最初に問いかけたのはユンさんだった。


「だから、さっきの親衛隊とやらだすよ。なんか君たちのせいでみんな承諾したみたいな感じになってたけど、おいらはやるって言ってないし、そもそもやる気だってないだす」


 ミンさんは思いっきり顔を歪めて言った。本当に、心の底から嫌そうな顔だった。

 彼の言う「君たち」とは、恐らくヨンさんとユンさんのことだろう。二匹は先程王子に上手いこと言いくるめられていましたし。


「他のみんなは納得してるんだすか? いいんだすか? え、まさか反対してるのおいらだけ?」


 ミンさんが一匹であたふたしていると、カンさんが言った。


「まあ、過ぎたことは仕方ないかなって。流れに身を任せようと思う」

「割り切れるのがすごいだす……」

「つーかさあ、そんなに嫌ならあの時ちゃんと断ればよかったんだぞ。後になってごちゃごちゃ言うなよ、めんどくせー」


 ヨンさんがばっさり言い放った。だが正論ではある。

 するとこれに気を悪くしたのか、ミンさんはさらにぶつぶつ言い訳をする。


「だって断れる雰囲気じゃなかったし。そもそも断ったところで、はなから反対意見なんて聞く気なかっただすよ、あの王子」

「そこまで分かってるなら諦めろ。もう終わったことなんだぞ」


 続くヨンさんの容赦ない物言いに、とうとうミンさんの愚痴が止む。そのタイミングでユンさんが聞いた。


「モー、何がそんなに不満なのサ。ご飯三食タダで食べ放題だヨ? おかわりも自由なんだヨ? これからはハッピーライフ! そう思わないのカイ?」

「別に魅力を感じないだす」


 ガガーン、とユンさんは派手に驚いてみせる。


「し、信じられナイ……。お腹いっぱいご飯食べられるのに、魅力を感じないナンテ……!」

「おいらそこまで食に興味ないんだすよ。食いしん坊とは違うんだす」

「ムゥ、食いしん坊で悪かったネ……」


 むすっと膨れるユンさんを横目に、私は小さく溜息を吐いた。

 やれやれ。みなさん、今日は一日色々なことがあったというのに、まだぺらぺらと喋り続けられるなんて元気ですこと。私にはもうそんな気力は残っていないから羨ましいような、いやでも正直うっとうしいような。特にヨンさんの声はよく通るから、聞いていると頭が痛くなってくる。ああ、早く部屋に戻って眠りたい……。



 王宮の三階、使用にゃんの部屋が密集しているエリアの一室。そこに私の部屋はある。使用にゃんの部屋なので、一部屋ごとの広さはそこまで大きくない。王族の部屋と比べればもちろん狭いが、狭すぎるということもなくそれなりに快適に過ごせるし、シャワーやらトイレやら最低限の生活は保障されている。そんなつくりになっている。


 で、問題は私たちが先程までいた王座の間が一階にある、ということです。つまり一階から三階へ、そこそこ長さのある階段を上らなくてはならないのですが、王子を探して走り回り、さらに誘拐犯たちと戦った体で三階まで上れというのは……正直、しんどい。

 考え事をしていたら、いつの間にか階段のところまで来ていたみたいだった。ここで宿舎組及び自宅へ帰るミンさんとはお別れです。


「ではみなさん、今日はお疲れ様でした。気を付けて帰ってくださいね。おやすみなさい」

「サンクンもゆっくり休んでネ。オヤスミー!」


 私がぺこりと頭を下げて挨拶をすると、ユンさんがそれに返してくれた。

 そうしてみなさんが去った後、一匹残った私は気合いを入れるために一度深呼吸をした。それから、長い長い階段に足をかけた。



 翌日。起き上がって伸びをする。まだ少し体は痛かったが、疲れはだいぶ取れたように思う。

 さて、今日も忙しい日になりそうです。何せ今日はお引越し――そう、昨夜別れた宿舎組とミンさんの住まいがこのエリアに移されることになったのです。幸いなことに部屋の空きはあるので住もうと思えば今すぐにでも住めるのですが……これから、騒がしくなりそうな予感です。彼らにとっては幸いでも、私にとっては不幸の始まりかもしれないですね。


 溜息とともに重い扉を開けると、ちょうど同じタイミングで隣の部屋の扉も開いた。中から出てきたのはジョンさんだった。私が軽く頭を下げると、向こうも気づいて同じように頭を下げてくれた。


「おはようございます。部屋、隣だったんですね」

「そうみたいっスね。あ、おはようございます」


 まさか彼も個別の部屋を与えられていたとは知らなかった。王子のボディガードと聞いていたので、確かに重要な役職ではありますものね、ふむ。しかし私の想像では、ボディガードというのは王子の安全を守るため、四六時中王子を観察するものだと思っていましたよ。ご自分の部屋で休む時間もあるのですね。


「……あの」

「何スか?」

「あ……。いえ、何でもないです。大丈夫です」

「そうスか」


 会話終了。気まずい。昨日の件で少しは話せるようになれたかと思ったんですけれどね、駄目でした。やはり私みたいなにゃんは無理やり会話しようとすると、変な空気を作ってしまうのですね。反省します、喋りません。

 向かう先は使用にゃん向けの食堂。結局そこに着くまでの間、私もジョンさんも特に何かを話すことはしなかった。ちなみに私は彼の少し後ろを歩いた。

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