第32話
「提案? 一体何なのだ?」
王子が聞く。
「要するに何のお咎めもないのが嫌なんスよね、ヨンさんは。なら自分が今この場で、彼らにデコピンしましょう。これでどうっスか?」
ジョンのデコピン……。想像して、僕は小さく身震いした。彼のパワーを考えたらただのデコピンでは済まない気がするのだ。多分ヨンも同じことを思っているはず。それを聞いて、若干顔が引き攣ったように見えた。
「こっ、こいつのデコピン!? ふざけんな!」
「死にたくねー! やめろー!」
犯にゃんたちが暴れ出す。しかし縄で縛られている状態なので、逃げ出すことはできない。
ジョンを見れば、ポキポキと前足を鳴らし、念入りに準備運動をしていた。「え、もしかして殺しにきてます?」ってくらいの本気っぷりに、自分が受けるわけでもないのに顔から血の気が引いていく。警察に行かない代わりの罰だと考えれば、まあ妥当な処置だといえるのかもしれないが。
「じっとしてください。大丈夫っスから。ちょーっと痛みに耐えるだけっスよ。一生牢獄よりはましでしょう」
「てめえ何言ってんだ!」
「その一生がここで終わるかもしれないだろ!」
「助けてくれー!」
口々に騒ぐ犯にゃんたち。それにしてもすごい怯えようだけど、一体さっき戦った時にどれだけ痛めつけられたんだろうか。
「ちゃんと加減しますから、心配しないでください。自分もにゃん殺しにはなりたくないんで」
つまり本気出したら相手が死ぬかもしれないんだね。
「おっ……俺が代表して罰を受けるんじゃ駄目か?」
震えた声でラムさんが聞いた。
「それでも別に……まあ、いいっスけど。でも確かに、全員にやってたら明日になってしまうかもしれないっスからね」
ジョンが頷く。それからスッと構えた。ラムさんが、覚悟を決めたように目を瞑る。
「行きますよ」という言葉の後にベチンッと、およそデコピンとは思えないような重く鈍い音が響いた。
「……っ!」
あまりの痛みにか声も出せずにいるラムさん。体を縛られているため前足で額を押さえることもできず、必死に歯を食い縛っている。そんな彼の姿を見て、仲間の一匹が声を上げた。
「て、てめえ。ラムさんになんてことを! 加減するって言ったじゃねえか!」
「加減しましたよ。死なない程度にね」
あっけらかんとジョンは答えた。
「し、死なない程度って……」
「命拾いしただけ安いもんでしょう? それともまだ反省の心がないってんなら、全員に一発ずつデコピン食らわせてやってもいいんスよ」
「……」
犯にゃんたちが静かになった。うーん、恐るべし。
ジョンは黙ってしまった彼らを見て一度大きく息を吐いた後、ヨンの方を向いて言った。
「これでどうっスか? 一応罰は与えましたけど」
「あ、うん。なんか……すっきりしたんだぞ。ありがとう。俺の代わりに制裁してくれて」
「それならよかったっス」
「じゃあ……これで、許してもらえるのか……?」
息も絶え絶えな様子でラムさんが聞いた。
「はぁー。仕方ねえな。ま、許してやってもいいんだぞ。痛い思いもしてくれたしな」
仕方ない、と言いつつ口元が微かに笑っているように見えるヨン。痛みに悶えるラムさんの姿を見られたことが、よっぽど嬉しかったのだろうか。
「よし。ではそろそろ縄をほどいてやるとするのだ。ジョン、またお前の力を借りてもいいか?」
王子に聞かれ、ジョンがこくりと頷く。
「御意。ですがちょっと自信ないっスね。絶対逃げられないようにと思って、きっつく縛ったもんっスから。まさかこんなことになろうとは……」
それは基本淡々と、スマートに仕事をこなす彼にしては珍しく弱気な発言だった。
そもそも、元々警察に突き出すつもりだったため、ジョンとしても誘拐犯たちが抵抗しないようにとの思いできつく縄を縛っていたのだろう。それが結局、王子の気まぐれで解放することになってしまったのだから、何と言うか、お疲れ様です、としか……。
その時ラムさんが言った。
「ナイフなら持ってるけど……」
「は!? お前、武器なんか持ってるのかよ。ふざけんな! 出せ!」
ヨンが慌ててラムさんからナイフを奪おうとする。しかし縄で縛られていて身動きが取れない状態のラムさん相手ではどうすることもできないようで、ヨンはチッと舌打ちした。
「どこに隠し持ってる? 今この場でジャンプしてみるんだぞ!」
「無茶言うなよ。下手に動けないんだって、こっちは!」
「うるさい! お前みたいのがナイフなんか持ってたら危険なんだぞ! 早くこっちによこせ!」
今にもラムさんに掴みかかりそうな勢いのヨンだったが、それをジョンが止めに入る。
「まあ落ち着いてください。大丈夫っスよ。ナイフなんかに頼らなくたって平気っス。元々自分で縛ったんだし、ほどけないことはないと思うんで」
そう言うと、ジョンは縄に前足をかけた。そして力を込めて一気に縄を引っ張る。だが何匹ものにゃんをぐるぐるに縛りつけているそれは思った以上に固いのか、ジョンは歯を食い縛りながら結び目をほどこうと苦戦している。途中、サンやユンが手伝おうとする様子を見せたが、ジョンに「結構です。邪魔しないでください」と言われて大人しく引き下がったりもした。
それから数分ほど格闘した結果、何とかラムさんたちを縛っていた縄をほどくことができた。縛った本にゃんですらそれなりに時間がかかったのだ、僕らがほどこうとしていたら一体どれだけの時間がかかっただろう。
「助かった!」
「動けるにゃー!」
彼らが安堵の声を上げる。
実を言うと僕は少し不安だった。縄がほどかれて自由の身になった瞬間、彼らが再び僕らに襲いかかるんじゃないかって。
でも、その心配はいらなかったみたいだ。ラムさんが僕らに向かって頭を下げた。
「俺らみたいのを許してくれたこと、改めて礼を言います。ありがとうございます」
「もういいのだ。そう何度も頭を下げられるのも変な気分になる。反省していることは十分伝わったし、これからしっかり生きればいいのだ。吾輩もう大丈夫だから」
王子が告げると、ラムさんはゆっくり頭を上げる。その目からは、もう冷たさや殺気は感じられなかった。
「よし。すっかり暗くなってしまったが……吾輩たちはそろそろ王宮に帰るのだ」
すっきりとした表情になって王子が言った。
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