第30話
今、夜なのに、こんな時間に一体誰……? そう不安になった僕だったが、近くまでやって来たその姿を見て目を見開いた。足音の正体は、なんと先程警察署に向かったはずのジョンと誘拐犯たちだったのだ。
「お、お前たち! 何で戻ってきたのだ。さっき感動のお別れをしたばかりではないか!」
王子が驚きの声を上げた。警戒心からか、さっと僕の後ろに隠れながら。
感動のお別れだったかどうかは分からないけれど、王子の疑問には僕も同意だ。警察につれて行くって方向で話はまとまっていたはずなのに、どうして戻ってきたんだろう。
戸惑いの表情を浮かべる僕らの様子を見たジョンは、言いづらそうに口をモゴモゴとさせた後、バッと深く頭を下げて言った。
「申し訳ありません。言い訳になってしまうかもしれないんスけど、あんまり暗くて途中で迷ってしまいまして……。こいつらに道聞いても誰も答えてくれないし。で、仕方ないから引き返してきたんです」
「な、なるほど? うーん……そういうことなら確かに仕方ないかもしれないのだ。うむ」
困惑しつつも一応頷く王子。
するとヨンが口を開いた。
「でも逆にちょうどよかったかもしれないんだぞ。俺たちも今、どうやって王宮に帰ろうかって困ってたとこだったから。ラムとかなら街への出方とか知ってそうだし、安全なところまで道案内してもらえばいいんじゃね?」
彼の驚くような提案には、この場にいた誰もが目を丸くする。サンが低い声で問いかけた。
「貴方、正気ですか? 彼らは私たちに危害を加えようとした者たちですよ。そんな相手に道案内なんて……」
「あー大丈夫、大丈夫。もちろん縄はほどいたりしねーから。それに俺、実はラムとは友達だったからさ、こいつのことは色々知ってるんだぞ。だからいざとなったら、弱点とかばらすって脅すから大丈夫、大丈夫」
さらっと怖い発言したね、今。まあでも、ヨンがそう言うなら僕は信じてみようかな。縄はほどかないって言っているし、道案内、任せてみてもいいのかな。
しかしそれを誘拐犯たちの中の一匹、恐らくラムさんと思われるにゃんが大きな声で反論する。
「は!? てめ、黙って聞いてりゃ勝手なことばっか言いやがって! 俺は道案内なんてするって言ってな……」
「ほぉう? そんな口利いていいのか? ばらすぞ、お前が昔は泣き虫のし……」
「にゃーっ!! 言うな! 分かったよ、案内でも何でもすりゃいいんだろ! その代わり俺らを警察につれて行くって言った件、チャラにしろよな」
「駄目! それはそれ、これはこれ、なんだぞ」
「んだよ。じゃあやらね。誰がただで引き受けるかってんだ」
「……お前、あれだけのことしといて道案内一つでチャラにしようなんて、虫が良すぎなんだぞ。誘拐の件と道案内とを同じレベルで語るんじゃねえ! ちゃんと警察行って、ちゃんと反省してから戻ってこいよ!」
「嫌だね、交換条件だ。そしたらお前らは家に帰れるだろうし、俺らは警察に行かなくて済むし? ウィンウィンじゃねえか、何が不満なんだよ」
「だから! 他にゃんを誘拐して殺そうとしたくせに、ちょっといいことしただけで全部許してもらおうと考えてるお前の甘さが、俺は嫌だって言って……!」
二匹の言い合いをしばらく聞いていた僕らだったが、そこへ口を挟む者が現れた。王子だ。
「もうやめるのだ、お前たち。で、ラムと言ったか。お前の条件、呑んでやってもいいのだ」
「!?」
僕らみんな、驚きで目を見開く。何を言うのかと思ったらあっさり受け入れたよ、このお方。誘拐犯からの提案を。一体何を考えているのだろう、さすが王族は寛大だなあ……と思ったけれど、多分何も深く考えていないんだろうな。条件なんてどうでもいいから、王宮に帰れさえすればいいんだろうな、きっと。だって顔が「早く帰りたい」って言ってるもん。
で、それを聞いたら、当然ヨンは怒るわけで。
「バッカ王子……! こいつら野放しにしとく気!? ちゃんと罰を与えないと、このまま放っといたら今度は何するか分からないんだぞ!」
「まあ反省はしているようだし、良いではないか。不毛な言い合いを続けてるのも時間の無駄であろう。それより吾輩早く帰りたいのだ」
絶対最後の一言が本音でしょ。やっぱり飽きてきているよね、王子。
「ふん。そんな風には見えねえんだぞ」
じとり、とヨンが犯にゃんたちを一瞥する。
「反省してるって! 約束する、二度とこんな真似しないから……!」
必死で訴える彼らの姿を見ても、ヨンの怒りは収まらないらしい。べーっと舌を出して犯にゃんたちを思いきり睨み付けていた。
しかし当の王子が条件を受け入れてしまったら、僕たちはそれに従うしかないのだ。立場的に僕らは王子の部下でしかなく、主の言うことは絶対なのだから。
王子がヨンの肩を優しく叩いて言う。
「ほら。こんなに必死に言ってるし、もう許してやるのだ。もうやらないって言ってるんだから、彼らを信じてあげようではないか」
「信じられねえ。甘すぎなんだぞ、馬鹿王子。俺、何も間違ったこと言ってないよな?」
うぅん。さすがに僕からしても、王子の判断は甘いというか優しすぎるというか。そもそも普段はどちらかというと疑り深い王子が、こんなにあっさり誰かの言葉を信じようとするなんて珍しいのだけれども。それも自分を攫った誘拐犯たちの言葉をだよ? 一体何を考えているのやら……あ、早く帰りたいだけか。
「もうやらないっていう言葉ほど信用できないものはないと思うんスけど……」
ジョンがぼそりと呟いたのを、王子は聞き逃さなかったようだ。そしてこれによって、王子のわがままスイッチに更なる変化が起こってしまった。
「もう、いい加減にするのだ……! みんなしてごちゃごちゃうるさい! 何かあったとしても、それは後で考える! 吾輩は、とにかく今は早く城に帰りたいのだー!」
キレた。最終的にキレたよ、この方。多分疲れとか空腹とかで情緒不安定になっているんだろう。
ほら、犯にゃんたちもびっくりしているし。みんな目が丸くなってるよ。赤の他にゃんの前でもわがままモードが出ちゃうくらい、それくらい今の王子には周りを気にする余裕がないという証拠なのかもしれないけれど。
そして王子が叫ぶ。
「やい、お前たち! 分かったらさっさと王宮の方まで案内するのだ! 吾輩は今、気が立っているから、早くしろ! キビキビ歩け! 分かったな!?」
「は、はいいぃぃぃ……」
誘拐犯たちが怯えながら返事をした。
すごい。さっきまであんなに強気だった誘拐犯たちが、素直に言うことを聞いている。王子、本気で怒るとけっこう迫力あるんだよなぁ。やっぱり怖いんだろうね。
「どうぞ、ついてきてください……」
すっかり大人しくなったラムさんが僕たちを促す。しかし犯にゃん全員が縄でぐるぐる巻きにされた状態のままだから、キビキビ歩くことはできないわけで。それを見かねてか、ジョンが口を開いた。
「あの、それより口で説明してくれた方が早いと思いますけれど。どこで曲がるとか教えてくれたら、自分たちそのとおりに動きますんで」
「あ、それもそうですね。でも縄ほどいてくれたら、もっと楽に案内できるんだけどなー、なんて……」
「縄ほどいたら逃げるだろ。絶対駄目なんだぞ」
少しだけ期待するような眼差しを向けたラムさんの言葉を、ヨンが容赦なく否定した。
「ちぇっ、冗談だよ。ちょっと言ってみただけだって」
そうは言っているものの、ラムさんの表情はやや残念そうに見えた。もしかしたら、少しは逃げようという考えが頭にあったのかもしれない、なんて。
「このまま言われたとおりに進んで大丈夫なんだすかね? 本当にこの道で帰れるんだすか?」
歩きながらミンが警戒するように呟いた。
「別に信用してないならそれでもいいけど。ちゃんと送る気はあるよ、こっちは。そういう条件でやってますから。約束は守るつもり」
ミンの呟きに対してラムさんは答えた。その声のトーンは真剣だったので、少なくとも僕には嘘をついているようには聞こえなかった。
「そうだすか」
納得したかどうかは分からないけれど、ミンはそれだけ言うと口を閉じた。
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