第26話 ソンside

「王子ー!」


 僕は叫んだ。大声を出したら奴らに居場所を知らせてしまうって、さっきミンは怖がっていたけれど、逆に考えればその声は王子にも届くはずだから、王子に安心感を与えるためにも敢えて叫んで存在感を知らせてやろう、と僕たちは考えたわけである。

 そんな感じで進んでいた僕たちだったのだが、自分たちの声がまあまあうるさいせいで前方からバタバタと誰かが走ってくる音に気づけなかった。加えて視界が悪いものだから、まあ、ぶつかりますよね。


「ゔにゃっ!」


 情けない声を出して僕は倒れた。そして僕とぶつかった相手もまた、その場に尻餅をつく。

 先に声をかけたのは僕だった。


「いたた……。すみません。あの、お怪我はないですか?」

「いえいえ。こちらこそすまなかったにゃ。前をよく見てなくて……ん?」


 目の前の彼がぴたりと話を止める。かと思えば、突然じぃっと僕の顔を覗き込んできた。


「んんー? お前たち誰だ? 暗くてよく見えないにゃ……」


 はっ、しまった。こんなところでぶつかる相手なんて、王子を誘拐した奴ら以外に考えられないじゃないか。冷静に考えれば分かることでしょうよ。えーん、どうやって誤魔化そう。

 一生懸命頭を働かせていると、誘拐犯と思われるうちの一匹が問いかけてきた。


「あ、もしかして見張りの交替か?」


 ぴくっ。見張りの交替……?

 何だかよく分からないけれど、これは利用した方がいいって僕の勘が言っている気がする。というわけで僕は頷いた。


「う、うん。あー、後は僕たちが見張っておくから、君たちは向こうに戻って大丈夫だよ」


 すると彼ら(だと思う。多分、複数いる)の声が嬉しそうなものへと変わった気がした。


「マジか!? よかったにゃ!」

「これでやっとあいつらの相手しなくて済むにゃー!」


 すごい喜んでいらっしゃる。彼らが見張っていたにゃんというのは大方王子で間違いないと思うけれど、誘拐犯にまでああ言われるって、一体あのお方は何をやらかしたのだろう。別の意味で心配になってきた。

 そんな誘拐犯たちはというと、僕から見張り交替の話を聞いた後すぐに外の方に向かって走って行ってしまった。そんなにすぐに離れたくなるほど嫌だったんだね。まあ王子の相手をするのってそれなりにストレス溜まるからね。気持ちは分からんでもないよ。名前も知らない誘拐犯たちに、僕は勝手に同情した。


「今、おかしくなかったか……?」


 カンさんがぽつりと呟いた。でも彼女の言葉の意味が僕にはよく分からなかった。

 ユンが聞く。


「おかしいって何ガ?」

「複数形だった。あいつ『ら』って……」


 言われて初めてその違和感に気づく。そうだ。ここに閉じ込められているのって、王子だけじゃないの? 他にも攫われたにゃんがいるっていうの? それとも奴らの指していた「あいつら」は、そもそも王子ではなく全く別の者たちだったのだろうか?

 様々な疑問が頭の中に浮かぶ。


「ンー……でも誰かが捕まってるのは間違いないんだよネ?」

「ああ、まあ。彼らの言動的に間違いないと思うが」

「じゃあ助けない理由はないヨ。王子サマでもそうじゃなくても、ここで助けを待ってるにゃんがいるなら、ミーたちが救ってあげないとデショ」


 ユンは力強く言い切った。こういうことをすぐにはっきり言えるところ、すごいなあと思う。そして同時にそれが彼の長所なんだろうなとも思った。

 僕はユンのことを具体的に色々知っていると言えるほど彼と仲がいいわけではない(そもそもしっかり話す機会が今まであまりなかった)が、今日接してみてこれだけは分かった。きっとユンは良い子だ。王子のことも本気で心配してくれているみたいだし。

 そうだよ。僕らの目的は王子を助けることだったけれど、王子以外にももし捕まっている者がいるのだとしたら、全員まとめて助け出してみせないと。ユンの言うとおりだ。彼の言葉に触発された僕は、同意を示すために頷いた。

 するとカンさんが僕らを一瞥してから言った。


「なるほど。考えることはみな同じ、といったところか」


 同じ、というのは、それはつまりユンと僕たちの思いが一致している、とカンさんは言いたいのだろうか。

 その時、また誰かが叫んでいるような声が聞こえた。今度はさっきよりもはっきりと。


「――ざけんな! ……なんだぞ!」


 何だか聞いたことのある声。何やら怒っているみたいだ。


「近いな。もうその辺にいるかもしれない」


 カンさんが呟くと、僕らは頷いて走り出した。

 僕は叫ぶ。


「王子ー! 王子どこにいるんですかー?」

「無事なら返事してほしいだすー!」

「王子サマー! もう大丈夫ヨ、ミーが助けに来たネー!」


 ミンやユンも声を張り上げて王子を呼ぶ。

 いつの間にか僕たちは倉庫の奥の奥まで来ていたみたいだった。暗くてよく見えない。けれど確かににゃんの気配を感じた僕は、その方向へと目を向ける。目を凝らして見てみたら、ずっと探していたお目当てのにゃんがそこにいた。


「ホン王子!」


 僕は急いで彼のところへ駆け寄った。ああ、可哀想に。体は縄できつく縛られて、何故か視界まで奪われて。一体どれだけの時間、ここに閉じ込められていたのだろう。自由の利かないこの場所で、どれだけ辛くて心細かったのだろう。王子は衰弱していた。


「来るの遅くなって、ごめんなさい……!」


 自分の無力さに、悔しくて涙が出そうだった。だけど泣くわけにはいかない。まだ終わったわけじゃないのだ。ここから無事に王宮に帰るまでは、絶対に泣くわけにはいかない。

 僕の声に気づいた他の三匹も、王子のもとへとやってくる。


「アー、王子サマ! よかった、見つかったんだネ!」


 そう言ったユンは、本当に心の底から安心した、というように笑った。


「だいぶ弱っているみたいだすね。早く病院に連れていかないと」


 対してミンは冷静に指摘する。

 するとその時、どこかから誰かの咳払いが聞こえた。あ、いや、待って。どこかっていうのは間違い。すぐ隣からそれは聞こえた。


「ンンッ。みんな、ホン王子を心配するのはいいんだけどさ、俺もいるんだぞ」

「え、ヨン!?」


 僕はびっくりして叫んでしまった。だって、何で、こんなところにいるわけ? 何があったの、何をしたの? 姿が見えないと思っていたら、まさか一緒に捕まっていたなんて。


「おお、ヨン。元気そうじゃないか。そなたの声、かなり響いててうるさかったぞ」

「元気そうに見える? 俺だって王子と一緒にずーっと閉じ込められていて寂しかったんだぞ。お腹は空くし、トイレは行きたいし。とりあえず早くこのロープほどいて」


 普通に会話しているところを見た感じ、カンさんとヨンって本当に友達なんだなと思った。心なしかヨンに話しかけるカンさんは少し楽しそうに見えるし。

 それよりロープだ。ヨンの言うとおり、早くほどいてあげないと。でも暗くてよく見えない。先にアイマスク外すか、よいしょ。


「わーい。やっと周りがよく見える――……くっっっら! は!? 視界塞ぐ意味ねーじゃん! 何のためのアイマスクだぞ、ふざけんな!」


 全身で怒りを表現するヨンの姿は、可哀想だけどちょっと面白い。いや僕もちょっと思ったよ。この中暗くて視界悪いのに、アイマスクつけさせる意味あるのかなってね。あ、あとまだ縄ほどけていないから、あんまり暴れないでほしいんですけれど。ヨンさーん。


「ヨン、ちょっとだけ大人しくしててくれないかな? 縄ほどけないから」


 僕が頼むと、やっとヨンは静かになる。が。


「この縄かっっっった! え、ほどけないんだけど。何で!?」


 けっこうきつく縛ってあったようで、その複雑さに僕は絶叫した。

 あー、もう。ただでさえ視界が悪いのに、全然ほどけないじゃん。イライラする。それとも何ですか。僕が不器用なだけですか。


「いだいいだいいだい! ソンくん、肉に食い込んでるから!」


 何とかして縄をほどこうと必死になっていたら、無意識のうちに縄を思いっきり引っ張っていたらしい。そのせいでヨンの体に縄が食い込んでしまったようだった。


「あああ、ごめん! でもほどけないんだもん。すごいきつく縛ってあるこれ。誰かナイフとか持ってない!?」


 しーん。


 反応なし。はい、終わった。さてどうしましょう。


「もうこのまま担いで行くしかなくないカイ?」


 ユンが提案した。しかしそれにはヨンが頭を振る。


「えー。でも俺、何だか頭が痛くなってきたから、できればあんまり揺らさないでほしいんだけど……」

「きっと長時間縄で縛られて血の流れが悪くなってるんだすね」


 そうなんだ。じゃあやっぱり縄ほどいてあげた方がいいんだね。


「オーケイ。じゃあミーが噛みちぎってあげるヨ。歯には自信あるネ、任せろヨ」


 何の「オーケイ」だか分からないけれど、ナイフも何もない状況なら、まあ最終手段は歯で縄を噛みちぎるしかないか。

 だけどユンの言葉を聞いたヨンは「ひぃっ」と怯えた声を上げた。


「い、いや、なんかお前怖いから嫌なんだぞ」

「怖くないネ。親切心で言ってるんだヨ」

「い、いいっていいって! なんか肉まで噛み砕かれそうだから、気持ちだけ受け取っておきます、なんだぞ!」


 けっこう本気で嫌がっているようである。ここまで全力で拒否されては、さすがにユンも引き下がるしかなかったみたいだ。その顔は少し悲しそうだったけれど。


「全く。担がれるのも嫌、縄を噛みちぎられるのも嫌だなんて、わがままだよヨン」


 カンさんが呆れたように言った。


「うるさいんだぞ。てか、何でカンちゃんがソンくんたちと一緒にいるわけ? いつ知り合ったの? 俺知らなかったんだけど」

「ふむ。それはだな……話せば長くなるから今は言わない」


 いや言うほど長くないと思いますけど。病院の前で倒れていたカンさんを僕たちが見つけて助けたってだけの話なのに。それより僕は、ヨンとカンさんがいつから知り合いだったかの方が気になるんだけどね。ま、今はそんなことどうだっていいか。


「こんな騒いでて大丈夫だすかねぇ。そのうちあいつら、また来ちゃうんじゃないだすか」

「ミン、それフラグって言うんだヨ。嫌なこと言わないでほしいネ」


 ミンの軽率な発言をユンが注意する。確かにこういう時の言葉って嫌なぐらい当たるもんね。なんて思っていたら、後ろからバタバタと誰かが近づいてくる音が聞こえた。


「ひえっ。本当に来ただす、怖いだすー!」


 自分でフラグ立てておいて、真っ先に怖がるってどうなの。ミンに呆れつつ、だけど実は僕もけっこう怖かったりして。どうしよう。ここは倉庫の最奥だし、王子やヨンは動けないしで逃げるに逃げられないんですけれど。

 とりあえず王子だけでも、と僕は未だ意識のない彼を守るように前に出た。

 足音が僕らの前で止まる。次に声が降ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る