第27話

「やっと見つけました……」

「何だ、割と元気そうっスね」


 その声は聞き覚えのあるものだった。僕は声の方に目を向ける。うっすらだけれど、そこに立っていた二匹の姿を確認することができた。サンとジョンだ。


「何だ。サンさたちだっただすか。いや別にビビってはないんだすけど、敵じゃなくてよかっただす……」


 先程とは打って変わってほっとしたように息を吐くミンに、僕は心の中で突っ込みを入れる。いや思いっきり怖がっていたよね、さっき。


「二匹とも無事だったカイ? 怪我とかしてないノ?」


 ユンが不安げに問う。それにはジョンが答えた。


「ちょっとした擦り傷はありますけど、まあ無事っスよ。大したことないっス、自分は」


 あまりに平然と言うものだから驚いてしまった。けっこう数に差があったにもかかわらず、擦り傷程度で済んだなんて。

 それはそうと、二匹がここに来たってことは、外の方は片付いたのだろうか。


「あいつらここまで来ないだすかね? おいら早くここから出たいだすよ」

「それなら心配いらないっスよ。全員倒した後縄で縛ってやったんで、当分は動けないはずっス」


 ドヤ顔で答えたジョンが、少し怖くなった。やっていることが王子を監禁した誘拐犯たちとほぼ同じなんだよ。僕ら一応被害者のはずだけど、これじゃどっちが悪者か分からなくなりそう……。


「それより王子は大丈夫なんですか?」


 サンが心配そうに聞いてきた。


「えっと、それが意識がなくて……」


 何と答えればいいのやら。この先の不安と、サンやジョンをなるべく不安にさせたくないという思いから、答える僕の声はひどく小さくて頼りないものとなってしまった。

 その時、またもヨンがわざとらしく咳払い。


「ンンッ。俺もいるんだけど?」


 そして驚くサンとジョン。いや、ジョンはそこまで驚いていないっぽいな。サンは驚きすぎて一メートルほど飛び上がったけれど。それにしてもデジャヴなんだよ、この展開。


「わあっ! あ、貴方いつからいたんですか。どこから入ったんですか。心臓に悪いです、息が止まるかと思いました!」


 今日一大きな声でサンが叫んだ。僕としては今のサンの驚き方の方が、息が止まるかと思ったけれどね。


「絶対今のお前の声のが心臓に悪いんだぞ。あと俺最初からいたし」

「…………し、知ってましたよ」


 何だい、今の間は。強がっているの丸分かりで面白……ゴホンゴホン。サンの名誉のためにも口には出さないでおこう。


「……ってよく見たら、貴方縛られているじゃないですか。まさか王子と一緒に捕まっていたんですか?」

「だったら何だってんだぞ」

「いえ、別に。ただ……何をやらかしてそうなったのか気になりまして……」


 すると今のサンの言葉が気に食わなかったのか、ヨンがむっと口を尖らせる。


「別に何もやらかしてないんだぞ。何だよ。俺、王子のこと守るために体張って頑張ったのに、誰も俺のこと心配してくれない……」


 ぷいっとそっぽを向いて拗ねてしまった。

 そういえば、と僕は突然思い出す。王子が連れ去られた時のこと、奴らに頭を殴られて意識が朦朧としていた中、微かに聞こえた声。あれはヨンだったのか。腑に落ちた。

 しかし拗ねたヨンに追い打ちをかけるように、ジョンが一言言い放つ。


「でも結果ホン王子と一緒に捕まっているじゃないっスか。守れてないっスよね」

「はぁ? 何だぞお前、偉そうに。てかお前、もしかしてソンくんと一緒に倒れてた奴? だったら自分だってやられたくせに、俺にだけ文句言うんじゃねえんだぞ。けっ」

「そ、それを言われるとなかなか応えるっスね……」


 そして逆に、ジョンがヨンにとどめを刺されてしまったようだった。確かにけっこう気にしていたっぽかったもんな、ジョン。ボディガードなのに王子を守れなかったって。

 と、ここで僕ははっとなる。ボディガード、それにジョンは力が強い。僕がほどけなかった、王子とヨンの体を縛ってある縄、彼ならほどけるのではないか? ちらっと王子の体に目をやり、それから僕は口を開いた。


「あのー、ちょっとジョンに頼みがあるんだけど……」

「何スか?」

「ちょっと、この二匹の縄ほどくことできる? 僕の力じゃ固くて無理だった……」

「ふむ。どれ、ちょっと見せてください。……ああ、なるほど。まぁいけそうっスね」


 そう言ってジョンは、まず王子を縛っている縄に前足をかけた。


「ふんっ」


 ブチブチッと音を立てて縄がほどける。その音の大きさから考えるにかなり力を込めたのではと思われるが、ジョンの顔はいつもどおりの無表情だった。それが逆に怖く感じる。だって表情が変わらないってことは、本気の力は出していないってことでしょ、多分。


「さあ、次は貴方の番っス」


 ジョンがヨンの方を向く。


「ひっ! お、俺……」


 ジョンのパワーを目の当たりにし、その強さが恐ろしくなったのか、ヨンはジョンから距離をとろうと一歩後ずさりする。


「そんな急にビビんないでくださいよ。別に痛くはないっスから」

「間違えて俺の体まで引き裂かないでくださいね……」


 初めて聞いたかも、こんなに小さいヨンの声。しかも急に敬語になっているし。


「大丈夫っスから。信用してくださいって」

「うええ……。みんな、今までありがとうなんだぞ……」

「縁起でもないこと言わないでください。いきますよ……ふんっ」


 そしてまたブチブチッと音を立て、ジョンが勢いよく縄を引きちぎった。


「うわあああああん! ……あ、あれ!? 俺、生きてる! わああ、お前すげー! ソンくんよりずっとすげー!」

「お前……?」

「あっ。た、助けてくれてありがとうございます、なんだぞ!」


 ヨンがぺこりと頭を下げる。

 でも僕は何か納得いかなかった。もう、今の一言、何なのさ。別に僕と比べる必要なくない? なんかもやっとするなあ。むぅ……。


「どうしたんだぞ、ソンくん。なんか面白い顔になってるけど」


 ヨンが聞いてきた。

 むむっ。失礼な! そもそも誰のせいだと思っているのさ。全く、僕の気も知らないで。……って言ってやりたいけれど、勇気が出ない駄目な僕。とほほ。


「うーん……ない、のだ……」


 その時、誰かの呟く声がした。本当に小さな声だったので何を言ったのかは聞き取れず、僕がはてなを浮かべていたら、また同じ者が呟く。


「……じゃない、のだ……ごめんなさい……」

「王子……?」


 確認するために僕は問いかける。声の主は王子だったが、まだ意識がはっきりしていないのか僕の問いへの返事はない。ただ何度もうわ言を繰り返すだけだった。


「わざとじゃ、ないのだ……ごめん、なさい……」


 聞くに堪えなくなり、僕は王子の体を揺らして呼びかけた。


「王子、王子! 大丈夫ですか? しっかりしてください!」

「ううう……うるさいのだ。何なのだ~…………はっ」


 どうやら意識が戻ったみたいだ。王子はパチリと目を開けると、状況把握のためかきょろきょろと辺りを見回し始めた。


「王子! よかったです、気がついて!」

「ソン? 何でここにいるのだ……って、なんかいっぱいいる?」


 周りを見て、そのにゃんの数に驚いたような表情になる王子。

 その時、王子のお腹から大きな音が鳴った。ぐううううっと。


「王子、お腹空いているんですか?」


 僕が聞くと、王子はさっと顔を逸らす。うん、これは図星だな。


「……わざとじゃないのだ。許してほしいのだ」


 奴らに何か言われたのだろうか。空腹時にお腹が鳴るのは生理現象だろうし、別にわざとじゃないことは僕だって分かっている。自分でコントロールできるものじゃないしね。

 するとヨンが王子を指差して叫んだ。


「ほらぁ、これぇ! 捕まってる間もグーグー鳴ってて、まぁじでうざかったんだぞ! これのせいで何回あいつら怒らせて殴られたことか!」

「だからわざとじゃないって言ってるではないか……」


 王子がムスッとした顔で答える。何があったかは王子とヨンの二匹の間でしか分からないけれど、きっと色々大変だったんだろうなってことは想像できた。ていうか、何回も殴られたって言ったよね? 一体どこをどんな風にやられたのだろう。よく生きていたね。


「そんなに何回も殴られたのカイ?」


 ユンが聞く。


「いや殴られたのは一回だけなんだけどさ。王子の空気の読めない腹のせいで、何回もあいつらイラつかせて最悪だったんだぞ。俺もう隣で冷や冷やしたもん」

「うるさいのだ。もう掘り返さなくていい!」


 これは王子、完全に拗ねてしまったな。こうなってしまったら、機嫌がさらに悪くなる前に早く何か甘い物かツナ缶を与えてご機嫌取りをしなくてはならない。とりあえず早く外に出ないと。


「それより吾輩、早く城に帰りたいのだ! お腹空いたから早くご飯食べたいのだー!」


 どうしよう。本格的にぐずり始めてしまった。僕は何とか王子を宥める。


「王子、とりあえず落ち着いてください。まずここから出ないと。ここには食べ物とかないですから。それでお家に帰ったら、王子の好きな物たくさん用意しますから、お腹いっぱいご飯食べましょう。ね?」

「……お腹空いて力が出ない。歩きたくないのだ」


 イラッ。何歳児だ、この王子。赤ちゃんか! 軽くキレそうになってしまったが、さすがに今、こんなところで怒るわけにはいかないと思い、僕は必死で怒りを抑える。それに仕方ないんだ。王子がイライラしているのは、きっと空腹が限界を超えてしまったからというのもあるんだろうし。そう自分に言い聞かせる。


「じゃあ僕がおぶっていきますから」


 すると王子に便乗してか、ヨンも口を開く。


「えー。俺もなんかお腹空いて力出ないんだぞ。誰かおんぶしてくれないかなー」

「はあ? それが他にゃんにものを頼む態度ですか?」


 サンがじっとりした視線をヨンに向ける。


「別にお前には頼んでませーん。他の体力に自信がある奴にお願いしてまーす」

「それって私は体力がないと思われてるんですかね?」

「だって実際お前、俺よりチビだしひょろひょろで弱そうなんだぞ」

「ち、チビって……貴方だって大して身長変わらないじゃないですか! 馬鹿にしないでください! 私だってそれなりに力はあるんですから、見かけで判断しないでくださいよ!」


 そう言うと、サンはヨンをおぶってみせた。そしてそのまま歩き出す……が、すぐにふらついてその場に倒れてしまった。


「駄目じゃん! やっぱり駄目じゃん!」


 だから言ったのに、とヨンが呆れたような顔になる。


「いーよ、別に無理しなくても。できない奴に無理させるほど俺も性格悪くねえし。お前のその気持ちだけで十分なんだぞ」

「くぅ……。先程犯にゃんたちを倒した時に、全力出しすぎたのか。こんなはずでは……」


 サンが悔しそうに呟いた。

 で、結局王子を僕が、ヨンをジョンがおぶって倉庫の外へ出た。さっきふらふらになっていたサンにも優しさのつもりで「歩けそう?」と一応僕は聞いたのだけれど、本にゃんから「そんなに弱くないです。馬鹿にしないでください」と冷たく返されてしまった。とほほ。

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